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再び勘三郎へ [歌舞伎]2009-12-29 [歌舞伎アーカイブス]

 天使が今まで観た中で最も番感動した舞台芸術をジャンル別にベスト1をあげてみると、クライバーが生涯最後に指揮した歌劇『ばらの騎士』の千秋楽の公演。シルヴィ・ギエムが日本で初めて踊ったベジャールの『ボレロ』。そして、父親である先代・勘三郎の病気休演により代役で演じた『俊寛』である。番外は新之助時代に十代で踊った海老蔵の『鏡獅子』初演の初日。

 クライバーの『ばらの騎士』の完成度の高さを言うまでもないが、たぶん人類が到達した最高峰の音楽体験であったことは間違いがない。あの日、東京文化会館に集った2300人のひとりであったことの幸運を今も神様に感謝している。

 20世紀最高の振付家のひとりベジャールの最高傑作「ボレロ」と、100年に一度のバレエ・ダンサーであるシルヴィ・ギエムの絶頂期が重なり、かつてない衝撃と感動に包まれた日本での初演。その後、何度も踊っているが初役の時の感動を越えることは遂になかった。

 そして先代・勘三郎の最後の舞台となった「俊寛」を代役で務めた勘九郎の何かがのりうつったかのような演技。突然の代役、正月興行の主要演目の主役としての責任、大幹部との共演の重圧、若いながらも立派に演じた姿を生涯忘れないと思う。その後も何度も演じているが、初演の感動を越えることがなかったのは「ボレロ」と同じである。来年の二月の追善興行でも上演されるようだが、果たしてあの日の感動を越えられるのだろうか?

 最近の勘三郎は、気心の知れた?共演者だけで一座することが多い。本当なら確執が噂される吉右衛門あたりと舞台の上で火花を散らして欲しいし、それが本人のためだと思うのだが、共演の実現は困難なようである。宇野信夫の「巷談宵宮雨」で竜達と太十とか、「沼津」で平作と十兵衛とか…。先代と吉右衛門の好演が目に残るだけに、共演すれば歌舞伎の可能性が、もっと広がるように思うのに残念である。本人が駄目なら、せめて勘太郎や七之助を5月新橋演舞場の吉右衛門に一座させるのが親心だとも思う。もっとも両方と共演する福助の演技はアレ?なのだが…。少なくとも勘三郎と共演するよりも、吉右衛門と共演する方が安定しているように思えるのは気のせいだろうか?

 歌舞伎座最後の「京鹿子娘道成寺」は勘三郎へ託された。鈴太鼓を叩きつぶすほど(実際に壊したのを目撃した)の迫力のある踊りで、爽快感が味わえるのが勘三郎の特徴?のようだが、一方でライバルの三津五郎の「京鹿子娘道成寺」という渋い佳作もあった。果たして勘三郎が、三津五郎以上の感動へ導いてくれるのかいなか、初日の舞台が待たれる。

 松竹にとって興行価値がある人だけに、玉三郎らと同じく国立劇場の歌舞伎公演へ長らく出演していない。逆に国立劇場で何を演じさせる?と問われても答えに窮してしまう。国立劇場へ出ることに意義があるとも思えないが、勘平?、忠信?、知盛?、松王丸?新三?茂兵衛?いずれも第一人者とはいえない。法界坊も先代同様の演じ方では、もう演じないのであろうか?酒呑童子も…。弥市?猿源氏?他に誰も演じ手がないから演じつづけているだけなのかもしれない。

 コクーン歌舞伎、平成中村座、その海外公演、野田秀樹、渡辺えり、宮藤官九郎らとのコラボ?ここまで来てしまったら、もう後戻りはできないのだと思う。歌舞伎座が閉館となって、その活動にはますます拍車がかかるのではないだろうか。ウケをねらって、芝居がどんどん笑いの方向へ突き進んでいるのと、何をやっても同じ演技パターンになっているのも心配である。歌舞伎の本流を歩むべき人は、どこへ行こうとしているのだろうか? 三島由紀夫は、「くさやの干物のような味」のする古風な女形の演じる歌舞伎を愛したというが、文字通り「くさや」を登場させて悦に入っているような舞台を歌舞伎座に出現させて喜んでいて欲しくはない。

2009-12-29 08:07
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