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伊達の十役 初春花形歌舞伎・夜の部 新橋演舞場 [歌舞伎]2010-01-12 [歌舞伎アーカイブス]

復活の手応え


昭和54年4月に明治座で猿之助によって復活上演された『伊達の十役』のほぼ10年ぶり上演である。しかも上演時間と主演の猿之助の体力の衰えによるのか省略されてきた大喜利所作事『垂帽子不器用娘』も復活した完全版である。このところ、『四の切』の狐忠信を澤瀉屋型で演じて、猿之助に急接近している海老蔵の主演なのも話題であった。すでに右近らが、一部の復活狂言の再上演を試みてはいるが、この公演の成功如何によっては、猿之助の復活した通し狂言のいくつかは海老蔵によって上演される可能性もある訳で大いに舞台成果が注目された。

 結論から言えば歌舞伎の花形役者の中では最大のスターである海老蔵ではあるが、役の抽斗の少なさはどうすることもできないようで、女形の最高峰の役である政岡、腰元・累、高尾大夫はことごとく落第点。特に政岡は「片はずし」の大役の経験が乏しくて手も足もでないような状態だった。たとえ早替わりが売り物であっても、じっくり芝居を見せるところは本格的なものを見せるというのが、かつての猿之助の方針であった。まだ歌右衛門が存命中であるのに、極めつけの大役に挑んだのは壮挙でもあったのだ。初演の八汐は二代目 中村鴈治郎で、歌右衛門の相手役をも務める名優を得たのだから、芝居が盛り上がらないわけがなかったのである。さらに先代・門之助、宗十郎、延若、段四郎などが引き継いできた。

 今回は右近の八汐で、海老蔵とのバランスはよくても、芝居全体を支えるまでには至らずに終わった。それは栄御前の笑三郎、沖の井の門之助、松島の春猿など、誰一人として満足できる成果を上げられずに崩壊状態で痛々しいものになった。何しろ上演時間が5時間半である。30年前の観客は耐えられたとしても、現代の観客にはさすがに受け入れ難いものだったようである。元の芝居を知っていなければ辛いし、なまじ知っていれば避けて通りたいといった光景が展開していった。

 他の女形の役、腰元・累、高尾大夫も満足いくレベルには、ほど遠く何度も観客から失笑が起きていた。なまじ整った顔立ちであるおかげで、歌舞伎の女形としては不利に働いたようである。猿之助は、それほどの美形ではないことが幸いして、厚みのある女形として化粧映えがしていた。

 それに引き替えて合格点だったのは、仁木弾正、荒獅子男之助、細川勝元らの立役に見るべきものがあった。特に『垂帽子不器用娘』の押し戻しで出た荒獅子男之助に最も感心させられた。隈取りを伴った早替わりも鮮やかなのだが、本舞台にかかったからの見得の大きさ、目をむいて?のきまりなど、海老蔵以外には演じられそうもない力感に溢れたもので、その迫力に圧倒された。偶然にも團十郎が歌舞伎座で押し戻しを演じているが、荒事の骨法を体現したという点では海老蔵の圧勝だった。

 逆に床下の荒獅子男之助では、仁木への早替わりのため、隈取りがテープ?なのか美しくなく、台詞回しも苦しげで残念だった。早替わりのために、ねずみの着ぐるみと警護の侍とのからみがあるなど、間が延びてしまったが、それを補ってあまりあるほど素晴らしい仁木弾正だった。「お祖父さん、そっくり」の掛け声も、あながち的外れではないようである。「空を歩むように」という口伝通り、空中歩行をしてしまう宙乗り版だが、妖気が漂う雰囲気は一級品で、政岡の大失点を一気に挽回したようである。

 勝元の台詞の明解さ、役としての爽やかさなど、余人をもって代え難い魅力に溢れていて、『御殿』と違い芝居の世界にどっぷりと浸ることができた。ここまで主役が充実していると、渡辺下記の市蔵、渡辺民部之助の獅童も影響されたのか好演していた。

 細かな早替わりのテクニックは、たとえば土手の道哲の白塗りの顔に黄色の照明を当てることで、砥の粉の顔に見せかける(実際には黄疸みたい)など、海老蔵にこと細かに伝授されたようで花道での「昆布巻」の早替わりも鮮やかにきめてみせていた。七代目團十郎が初演した作品を、猿之助を通して、海老蔵が初演した意義は大きい。めぐり合わせを改めて感じさせる。そこで得た方法論を、是非自分のものとして欲しいとも思う。そして海老蔵自らが発掘して再創造する作品を産み出していって欲しいと思う。年末のテレビ番組で、早稲田大学の演劇図書館で熱心に代々の團十郎の資料に目を通していた姿から夢想するのである。もっとも、図書館なのに「ざるそば」を出前させてしまった破天荒さというか世間知らずというか、前例のないようなスケールの大きさにも期待は大であるのだけれど。

2010-01-12 19:27
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