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盟三五大切 弥生の花浅草祭 花形歌舞伎・昼の部 11月新橋演舞場 [歌舞伎]2009-11-05 [歌舞伎アーカイブス]

地獄を知らない者たち
 

歌舞伎座では『仮名手本忠臣蔵』が上演中だが、新橋演舞場では若手花形による鶴屋南北の『盟三五大切』が取り上げられえいる。本作が『東海道四谷怪談』の後日談であり、また初演時には『東海道四谷怪談』と『仮名手本忠臣蔵』と交互に上演されただけに、今月の上演がそうしたものを意識しているのだとしたら、なかなか考えられている演目である。

 源五兵衛実は浪士である不破数右衛門というのが趣向で、南北らしい怪奇な部分もあって、このところ上演回数が増えて人気狂言になりつつある。昭和51年8月の国立小劇場での辰之助、玉三郎、孝夫らによる初演は大評判で、歌舞伎にまったく興味のなかった田舎の高校生の天使も演劇雑誌の劇評で大絶賛されているのを読んでいて、その存在を知っていたくらいである。

 念願の『盟三五大切』を初めて観たのは、昭和60年2月の初演メンバーによる再演だった。その後も名古屋での上演以外は、すべての上演を観ている。昨年も仁左衛門、菊五郎、時蔵で上演されたばかりであり、またかという気もしないではなかったが、染五郎、菊之助、亀治郎という花形の顔合わせに大いに期待した。特に染五郎は、来月の歌舞伎座の新作の稽古にそなえてなのか昼の部だけの出演であり(歌舞伎座の勘三郎、七之助も同様である。大江戸りびんぐでっどの稽古なのだろうか?)昨年の上演成果を超えるべく、若手での挑戦は気持のよいものであった。

 結論から言えば、ある意味お行儀が良すぎて盛り上がりに欠けるのが難な芝居だった。やはり染五郎にしても、菊之助にしても「地獄」を知らないお坊ちゃん役者なのだと思う。父親たちの一世代前の役者は、空席ばかりが目立つ歌舞伎座の悲惨な時代があったことを身をもって知っている。「地獄」を知っている世代である。

 染五郎、菊之助も恵まれた名門の御曹司として育ち順風満帆。こと歌舞伎に関しては「地獄」を知らないだろうと思う。その点、亀治郎は猿之助の庇護の元を離れ、多少の苦労を知っているかのようで、前述の二人とは明らかに芝居に対する姿勢が違う。おっとり成長するのもいいのだが、食うか食われるかでギリギリまで追いつめられたような芝居を見せて欲しいものである。そんな物足りなさがついて回った『盟三五大切』である。

 元の芝居の『五大力恋緘』がほとんど上演されないので、劇中に登場する「五大力」の意味が理解できる観客も少ないだろうが、『仮名手本忠臣蔵』の外伝の『東海道四谷怪談』の後日譚という物語の背景を知らないと面白くない場面があり、さりげなく『仮名手本忠臣蔵』の要素が散りばめられているのが面白い。それがどこなのかは、ご覧になって探していただくとして、大量殺人を犯した源五兵衛が浪士の不破数右衛門に戻って忠臣に加えられるという物語がミソらしい。そうしたアイロニーはさり気なくスルーして、ひたすら物語の展開に腐心したような舞台である。

 染五郎は初演通りに家主の弥助も演じて大活躍である。当然のごとく源五兵衛が本役でニヒルな魅力があるのだが、この役としてはもっと野暮ったさがないと面白くならないだろうと思う。対する菊之助も優等生タイプな二枚目で魅力が半減。ここが菊五郎なら、長年の遊びの成果が出て味わいのある演技が楽しめるところなのだが、なんとも育ちのよさは隠せなかったという感じである。ここはお互いに相手をツブすくらいの気魄で演じて欲しかったと心から思った。

 亀治郎は相変わらずの独特な女方に挑戦といった感じで、男を手玉にとってきたような図太さがあって悪くないと思った。とにかく隙あらば、やってやろうという気構えのあるのは、この人だけだったからである。愛之助は血のつながりはないのに相変わらず仁左衛門にそっくりな小型松嶋屋ぶりを発揮して好演。脇役の中では、天使の一番の贔屓の夜番の松太郎が活躍。以前から注目していた人だが今月は大いに目立っていて結構である。どちらにしても本当の地獄を知らない役者が口当たりよく演じすぎて毒の足りない舞台になってしまったのが惜しかった。

 『弥生の花浅草祭』が新橋演舞場の本興行で踊られたのは昭和53年の10月興行で天使には思い出深い舞台である。同じ興行の夜の部では、玉三郎、海老蔵、孝夫による『桜姫東文章』が上演されていたはずで昼の部の最後が富十郎と勘九郎の『弥生の花浅草祭』だったと思う。ある舞踊会で上演されて大評判になり本興行に登場したものだと思う。

 元気いっぱいで躍動感あふれる「三社祭」もよかったが、富十郎の野暮ったい国侍や、若いのに独特の柔らかさが秀逸だった勘九郎が強く印象に残っている。それから同じ配役で三度も上演されたが、初演時の感動を超えることはなかった。人気者の中で、いかに自分たちの存在感を示すか、そんな気魄にあふれた舞台だったように記憶している。今では考えられないが40代後半の富十郎と20歳前半の勘九郎は、そういう立場の役者だった。

 松緑と愛之助もよく踊っているのだが、染五郎や菊之助と同じく、そんな危機感などあるはずもなく、ただただ淡々と踊っていて意外に盛り上がらなかった。石橋では、一体いつまで毛を振り回すのだと思うくらい、たぶん100回を越えるくらいまで頑張るのだが、客席の反応はいたって冷ややかだった。人気や期待度から言えば、観客の正直な反応だと思うのだが、せっかくの熱演なのに残念だった。そう思って冷静に眺めれば、全体的に粋ではなく野暮な感じがつきまとっていたように思う。


2009-11-05 22:30
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