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外郎売 傾城反魂香 大津絵道成寺 11月国立劇場 [歌舞伎]2009-11-05 [歌舞伎アーカイブス]

三ツ星?江戸の味と上方の味

 

 文化勲章を受章した藤十郎と團十郎の共演による国立劇場公演である。歌舞伎界にとっては、どちらも大名跡で本来ならば大変話題になるはずなのだが、観客の関心はあまり高くないようである。通し狂言が売り物のはずの国立劇場ではあるが、歌舞伎座と同じようなみどり狂言での興行である。大看板が二人だけなので、歌舞伎座の豪華な顔合わせに比べれば見劣りがするし、もはや新しい演目を一から創り上げるというエネルギーも時間もないので仕方ない。

 それでも演目には工夫があって、二人が顔をあわせる「傾城反魂香」を中心に、それぞれ単独の演目を前後につけている。「外郎売」はともかく、「大津絵道成寺」は大津絵の絵師である又平に関連があるし、登場する矢の根五郎は、曽我物で「外郎売」とも縁があるので悪くない工夫である。

 30年以上前の歌舞伎ファンの頭痛のタネは、当時の海老蔵の口跡の悪さであった。音声障害というか高音が全く出せないで聞き苦しく、彼の台詞では観客全員がハラハラしながら見守るという感じだった。それに比べれば、現在の海老蔵など大変恵まれた資質をもっているといってよい。その悪声を克服するべく挑んだのが「外郎売」であった。口跡の練習や早口言葉の教材として有名な台詞を曽我物の対面の趣向を入れて、昭和55年に劇作家の野口達二の改訂台本によって、初演されて大成功をおさめたのを覚えている。

 舞台は後方に富士山が描かれ、大時代な舞台装置には成田山新勝寺の御札が掛けられていて歌舞伎十八番らしい雰囲気がある。不満を言えば舞台装置が新しく美しく見えすぎることだろうか。歌舞伎座の良く見ると使い回しているからかボロボロなのに味があるのとは大きな違いである。簡素な国立劇場だからこそなのだが、新しい歌舞伎座の舞台には、どう映えるのかとあれこれ想像してみた。三演目とも所作舞台を使う演目が並んだので、花道のフットライトは所作舞台の高さまでかさ上げされていたのが珍しい光景だった。かさ上げした方が、やはり光線の当たり具合がよくて美しいのかもしれない。

 工藤が彌十郎、大磯の虎が芝雀、朝比奈が翫雀、舞鶴が扇雀、珍斎が市蔵、化粧坂の少将が右之助と藤十郎と亀鶴以外は全員出演といった演目である。逆に言うとそれだけ寂しい座組といえないこともない。その中では團十郎の鷹揚な芸が光り輝く。劇中の口上で述べていたが、今年の国立劇場の正月興行で病気から復帰したばかりである。そのときの演目が、同じく歌舞伎十八番の「象引」であったのを思い出した。そのおおらかな演技にみとれるばかりだったが、今回も同じく、團十郎以外ではありえない春風の温かさを思い出させる茫洋とした芸を楽しんだ。

 この公演の目玉は「傾城反魂香」である。不器用な又平を團十郎が、おしゃべりで明るい女房おとくを藤十郎が演じる。歌舞伎座で吉右衛門の奇蹟のような名舞台を観ているので、正直な話、團十郎の計算のない素朴な演技?と藤十郎の頭が先行してこれでもかこれでもかと押してくる押し付けがましい演技に、いささかうんざりもして退屈も感じた。

 それが一変したのは後半の夫婦愛をみせる場面である。台詞でも演技でも何も説明していないのに、何故吃音の障害を持つ又平をおとくが夫にしたのかが理解できたからである。團十郎の又平は、本当に心優しい、愚直なまでの善人で、悲しみも喜びも素直に演じられていて好感がもてた。おとくには、絶対に手をあげたりすることのないような又平であるだけに、死を覚悟する場面では泣かされた。

 藤十郎のおとくは、さっきまで早口言葉で場内をわかせた夫の團十郎が吃音になり、その替わり饒舌になるのが趣向としては面白かったが、実力を発揮したのは、やはり後半で夫婦愛をさりげなく見せる場面で、なかなか心のこもった演技で堪能した。最後は花道を入る演出で、おとくの役者が得になるように考えられているのだが、この二人にはあっていたように思う。将監の彦三郎、北の方の右之助らが周囲をかため、雅楽之助の扇雀、修理之助の亀鶴と健闘していたが、前半の停滞部分に登場だったためか印象が薄いままだった。百姓で登場の寿治郎が上方らしい味わいだったを面白く観た。

 今回一番楽しめたのは藤十郎の五変化舞踊「大津絵道成寺」であった。大津絵と「娘道成寺」の世界がなまぜになって、立役と女方を入れ替わり立ち替わり踊りぬくのが楽しい。坊主のかわりに外方と唐子が登場して弁慶の鐘の供養が三井寺であることがわかる。スッポンから藤娘の姿で藤十郎が登場、鷹匠で若衆姿、座頭で軽妙なところをみせ、藤娘で「恋の手習い」、船頭で粋な姿をみせてから、藤娘で「山づくし」、振り鼓をもって鐘入り。弁慶と奴が鐘を引き上げると、指が三本指の鬼に変身。押し戻しに矢の根五郎が登場と、すべて大津絵の世界観で統一されているのが面白い。女形は当然ながら、若衆姿や船頭がなかなか美しく、特に船頭の若々しさと色気に驚かされた。

 元気一杯の大熱演だったのだが、矢の根五郎の翫雀が高下駄を履いているにもかかわらずに小さく力感がない。不安定な足元を気にしてか腰も高くて不恰好にしか決まらないので歌舞伎のバランスを破壊していた。台詞も怒鳴る感じで、朝比奈の声が枯れ気味だった原因がわかった。あまりに力みかえった演技で、かえって力を失うという、歌舞伎独特の力学をみた思いである。それに比べれば、亀鶴の弁慶はバランスはいいのだが、遠慮がちにみえるのが、彼の立場を想像させて複雑な思い。そうしたものを吹き飛ばす藤十郎の若さとエネルギーに圧倒された一日だった。

タグ:国立劇場 歌舞伎劇評 市川團十郎 坂田藤十郎
2009-11-16 21:22 nice!(0) コメント(0) トラックバック(0)
三人吉三巴白浪 鬼揃紅葉狩 花形歌舞伎・夜の部 11月新橋演舞場 [歌舞伎]
さらなる成長への過程

 
 かつて平成の三之助と称された辰之助、菊之助、新之助。当然、三人吉三を通しで上演しているものと思っていたら、筋書の上演記録によると、平成9年から平成11年にかけて、「大川端」のみ歌舞伎座、金丸座、松竹座で三回上演されただけであった。それから10年が経って待望の通し上演である。

 もっとも今回は、かつての新之助=海老蔵が参加せずに、愛之助がお坊吉三で参加した。「大川端」では駕籠からの出でトチッたりしたが、相変わらずの小型・仁左衛門ぶりを発揮して、二枚目の王道を堂々と歩んで見せていて得難い味があり素晴らしい。

 そのお坊吉三があって、菊之助のお嬢吉三も生きていたと思う。常々、二人は同性愛?関係と言われることが多いが、そうしたナマな感覚ではなく、アウトローの世界に生きなければならなかったお互いの共感があって、惹かれあうといった節度があるのが歌舞伎らしくていい。それでなくともドロドロした世界なので、二人の世界はあくまでも美しくあって欲しいからである。退廃的な妖しさは、ちょっとした隠し味といったさじ加減が望ましいと思う。

 「大川端」では、このところ歌舞伎座で孝太郎、玉三郎、染五郎らを相手役に和尚吉三を演じてきた松緑だけに、かつてのような姿勢の悪さ、目つきに現れてしまう幼さといった欠点が徐々に克服されていて、大人らしい芸になってきている。若手花形を見回しても、将来の和尚吉三を担う人であることは間違いがなく、さらなる安定感と成熟を期待したい。

 お嬢吉三の菊之助の美しさ、男に戻っての台詞回しの上手さ、10年も上演されてこなかったのが不思議なくらいに適役である。今が年齢的にも肉体的にも理想なのかも知れないが、松緑ともども、将来の持ち役として大きく成長を期待したいところである。お坊吉三とのバランスのよさは前述した通り。おとせは、これまた、その将来に大いに期待を抱かせる梅枝で、楚々とした女形ぶりを披露し、度胸よく?アッという間に大川に落ちていって見事だった。

 通常では通し上演とはいっても上演時間の問題もあって、すぐに「吉祥院」と「火の見櫓」となる。今回のように「伝吉内」や「お竹蔵」があるほうが丁寧で筋は通る。もっと欲をいえば、因縁噺の発端の場面も欲しくなるが、よほど伝吉に人を得ないと舞台成果が上がらない。この場面の成功は、このところ老け役に新境地をしめす歌六の存在が大きかった。それに比べると、松緑の和尚も愛之助のお坊も幼い芸と感じてしまうのが、欠点といえば欠点である。それだけ歌六がよいということなのだが…。

 「吉祥院」の本堂と墓場の場面は、ともするとテンポが悪く退屈な場面になってしまうことが多い。先行作品のパロディのような部分もあり、因果噺の趣向の種明かしになる陰惨な場面につなげるまでが、上手く弾まなくて退屈させられるからだ。今回は、この場面に関しては初役揃いだったにもかかわらず、しかも歌六のような老練な役者の力も借りない場面で、若手花形だけの力で最後まで演じ通したのは見事だった。

 何よりも菊之助と愛之助の美しさを、目で観る楽しみがあり、物語の展開の陰惨さと好対照だったのが、この作品の本質にあっていたのか、濃密な時間を得ることができた。惜しむらくは、十三郎とおとせで好演した松也と梅枝を手に掛ける松緑に、さらなる大きさや存在感が欲しくなる瞬間があったことである。亀寿の源次郎が、いかにもこうした役にはまっているのだが、同じく御曹司でありながら、少々気の毒な気もした。

 「火の見櫓」の場は、例によって火の見櫓を迫り下げたり上げたりという、よく意図の判らない動きがある。定番の演出で、それぞれの役者を引き立たせる意味などがあるのだろうが、必要以上に役者が目立ちたいという意識を持っていないと、単なる段取り以外に意義が見出せずに煩わしいだけである。

 天使の大好きな権一と松太郎、夜鷹三人娘?の段之、梅之助、徳松らが少ない出番でもキッチリとした仕事をして舞台を支えていたのが印象に残った。

 猿之助演出による『鬼揃紅葉狩』は亀治郎が主演、共演者には猿之助一門の役者が誰も出演していないという珍しい舞台である。音羽屋、萬屋、大和屋などの若手が猿之助に指導を受けるなど、ひと昔前なら考えられなかったことで、猿之助が舞台から遠のいて時間がとれるようになったこともあるだろうが、見えない壁?がなくなるのは、歌舞伎にとって特に若手には悪いことではない。

 更科の前実は鬼女は亀治郎で、相変わらず美貌を誇るタイプではないのだが、濃厚な「オヤマ」といった感覚があるのが、猿之助の女形にも通じていて面白く観た。ただし、猿之助という指導者がいるので、自分がすべてを創造する場合と違って、自由奔放さが足りないように思えたのが不満だった。松緑、菊之助ともに『紅葉狩』とは違った演出であっても安定感があるのは、数々の舞台で主役を演じてきている成果なのだと思う。

 「鬼揃」というだけあって、女人も主要な登場人物である。猿之助らの若手が演じると、門閥外の彼らにも脚光が当たるという事実に感動もし、応援もしたくなる。今回は御曹司といっても主流というよりは傍流、まだまだこれからの人だけに、別の期待を持ってみた。

 年長者の吉弥を別にすると、ほぼ20歳前半の役者たちである。松也はその中にあって、やはり年長ということもあり目立っていたし安定感があった。未来を担う女形の大器である梅枝は、その美貌と気品が目を惹くが、少々寂しげなが気になる。巳之助は立役だと、あまり美しいと感じたことはないのに、意外に若く美しく美女に変身していて驚いた。これで声さえ安定してくれば、女形でも十分いけるように思った。名子役にして、天才舞踊家である右近、簡単と思える振付でも、差す手引く手の指先までも周囲の役者とは段違いの上手さをみせて素晴らしい。その割を食ってしまったのが隼人で、何もかも中途半端にみえてしまって可哀想なのだが、御曹司らしいといえば御曹司らしい存在感ではあった。これを機会に周囲に大いに発奮して貰いたい。

 従者は亀寿、種太郎と若手中心の熱のある舞台。さらに必要なものは、仲良し同士という甘さを捨てて、喰うか喰われるかの強烈な競争心といたところがあれば、もっと盛り上がるのかもしれないが、誠実に自分のすべての力を出そうという姿勢は清々しい感動を呼ぶ。

 終わってみれば、昼の部は常磐津、清元、長唄、夜の部は常磐津、義太夫、長唄と、通して観ると歌舞伎音楽をすべて体験できるという絶好の機会だったことに気がついた。若手中心とはいえ、やはり歌舞伎は贅沢な演劇なのだと改めて思った。

タグ:三人吉三 花形歌舞伎 新橋演舞場 歌舞伎劇評
2009-11-07 23:45 nice!(0) コメント(0) トラックバック(0)
天野道映 朝日新聞の歌舞伎劇評 [歌舞伎]
 平成21年11月6日(金)朝日新聞4面に歌舞伎座「吉例顔見世大歌舞伎」 ~技芸充実 最後の顔見世~と題された歌舞伎劇評が掲載されていた。限られた字数、広告主?である松竹への配慮から、当たらず障らずの無難を絵に描いたような毒にも薬にもならないような劇評は相変わらずである。ある意味、至芸ともいえる筆致なのだが・・・。最後の二行で驚いた。

最後は討ち入りと両国橋引揚でお約束の雪。

「お約束の雪」という苦心の表現に思わずニヤリなのだけれど、もう観た人は気がついているが、初日から場割が変更になっているのは、すでに書いた通り。

両国橋ではなく、花水橋に世界が変更になっているはず。花水橋=両国橋は周知の事実とはいえ、あまりの不正確さに唖然とさせられた。この人は一体何を観ているのだろうか?

七段目を評して「いつもこのあたりになると、さすがに疲れるが、今回は福助と幸四郎がテンポよく運ぶので飽きさせない。逆にいうとこのお軽は大星の相手をしている時は、遊女らしいおっとりとした風情に欠けるうらみがある」

と苦言を呈しているが、自分が致命的なミスをしていたら、著しく説得力に欠けるのだが、それにしても筆者も、担当の文化部の記者もチェックしないとは…。

ついでながら、渡辺保氏の「歌舞伎劇評」も歌舞伎座の劇評がアップされたが、

三段目進物場は松之助の伴内が当世風のおかしみがあってよく、菊十郎の本蔵は役どころが違うために、この腕達者にしてさすがに手に余った。

って…。三段目の伴内は橘太郎なんですけれど…。揃いも揃って二人ともどうしてしまったの?だだでもらえる筋書さえ見ないのだろうか?3日は新橋演舞場が御社の日で、もちろん渡辺大先生もお見かけした。実は天使の好みのタイプで、ちょっと枯れた感じがたまらないのだが、大好きな人が壊れていく感じって寂しい。
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