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オテロ 新国立劇場 [オペラ]2009-09-22 [オペラ アーカイブス]

 新しいシーズンの初日、新国立劇場の入口では、不当?解雇された元合唱団員と支援者が契約打ち切りに関してのビラを配っていた。公演前に抗議のビラ配りが効果があるとは思えないし、およそ日本の演劇界では雇用契約は不安定なのが当たり前なのが常識で、欧米並みの待遇を求められてもなあと気の毒に思う。ほとんどの観客がビラを受け取らないのと、劇場前に立ち並んだノボリ旗の醜悪さが理解できない点で、この運動の先は見えたような気もするが…。年間たったの230日出勤で年収300万しかもらっていなかったっていうのも世間一般の常識からかけ離れていると思う。年間135日も休暇がある仕事って何?解雇された合唱団員の実力が一切問題にしないで労働問題にすり替えているのも変だ。そもそもNBSの佐々木氏が指摘するまでもなく、国立オペラとうたいながら、専属のオーケストラも合唱団もバレエ団もないので、公演のたびにメンバーをかき集めているプロデュース公演が実態なのだと思う。これではお互いに認識のズレがあるのだから平行線で、いつまで経っても解決しないだろうと思う。

 さて、今回の初日の公演で、最も優れていたのは観客だった。ミラノ・スカラ座の『アイーダ』『ドン・カルロ』では、幕が降り始めたら手を叩いてしまい、音楽の余韻をぶち壊してしまう公演ばかりだったが、この『オテロ』では、各幕切れどころかデズデモーナの「アベ・マリア」でさえ拍手がおきずに、音楽の流れを止めなかったのが見事だった。こんなマナーのよいレベルの高い観客が集まるとは、新国立劇場のオペラも悪くないなあと認識を改めた。

 『オテロ』を演出したのは、イタリアの前衛演劇出身の映画監督であるマリオ・マルトーネ。プログラムのプロダクションノートによれば、オペラ演出のときには、台本の時代設定よりも「作曲された年代」に合わせたいと考えているそうである。今回も男性陣はヴェルディが作曲した19世紀後半のテイストがいかされているようである。女性は逆にシェイクスピアの時代に近いようで、その古風な装いの見た目よりも女性たちの行動の方が近代的だったように思えた。

 今回の特徴は、カットをしないことで第2幕には子供達が登場するし、第3幕のコンチェルタートも全部やるのだとか。第2幕はともかく、第3幕は演出の拙さもあって冗長な感じがしてしまい感心しなかった。そして舞台装置を細部に変化はあるが同じもので通したのも変わりばえがしない。

 幕が上がる前に舞台端から幕までの間に、港町?を思わせるさまざまな小道具が置かれていた。下手のオーケストラピットには、客席へ通じる手すりのついた通路が架けられている。本当はキプロス島が舞台なのでギリシャ方面のはずなのだが、ヴェネチアの社会を背景とした物語なのでという、いささか強引な理由で、ヴェネチアのような水上都市よろしく、舞台端から奧に向かって3メートルほどは陸?があるものの、それ以降はプールというか水たまりが特設されていた。 舞台中央のプールの真ん中には、三方のみを壁で取り囲まれた4畳半ほどのデズデモーナの寝室があり、場面によって回転するという凝ったつくりである。その寝室へは細い通路で結ばれていて、なんとなく小舟でも流れ着きそうな風情があった。それが潮来の水郷に見えなかったのは、上手と下手をヴェネチア風の建物が囲んでいるからで、色調といい、1階から3階にかけて遠近法で上に行くほど窓やドアが小さく描かれているなど芸が細かい。

 しかし、その舞台設定には欠点があって、登場人物が少ないときには問題がないが、第1幕や第3幕の合唱団員などが多く登場すると、アクティングエリアが狭く、奥行き使えないので、どうしても動きが平板になってしまう。運河?に掛かる太鼓橋?の高低差だけでは変化が出にくいのが残念である。第1幕は客席を海に見たてて合唱団が客席と正対して歌う。何しろ奥行がない舞台設定なので仕方がない。オテロはどこから登場のなのかと思えば、客席からブリッジを通って舞台に上がった。初めて「オテロ」を指揮するというリッカルド・フリッツァは、初日ゆえの緊張か舞い上がったか、ワンワンと音楽が飛び交うような落ち着きのないままスタート。オテロの第一声 Esultate!もなんだか気の抜けたような感じでがっかり。ステファン・グールドはワーグナー歌手で、イタリア・オペラのレパートリーは『オテロ』だけというのだから、違和感があるのは仕方がないのかもしれない。客席にも雷光が光ったり、裸火を盛んに使ったり、仕掛けでパッと空中に出現する本物?の花火など、見た目は工夫があって飽きないのだが、別に全部なくてもいいかなあという程度の効果しかなかった。

 妻屋、森山、久保田と藤原歌劇団の公演かと思うほど、脇役は藤原色が強いのだが、存在感のないカッシオのブラゴイ・ナコスキは別にして、主役が三人とも好調なのはなによりだった。最初はアレッ?という印象だったステファン・グールドも二度目の登場からは別人のように調子を取り戻し、最後まで楽しむことができた。歌手の奮闘で、なかなレベルの高い公演となったのだが、問題は演出にあったように思う。

 せっかく作った舞台上のプールがあまり生かされていないのがまず第一の問題。上手側は新国立劇場の中庭の池と同じく浅くて人間が歩ける程度の深さなのだが、下手側はどうやら深いらしく人間が歩くことはなく、例のハンカチが捨てられ、それをイヤーゴが竿?を使って拾うとか、子供たちが花を投げ入れるといった程度で、予想されたような船が浮かぶのではないかという荒業はなし。イヤーゴがプールに入って緑色の泥?で中央の壁に十字架?あるいは何かの呪いの印を描いて、それをバケツに入れた水をぶちまけて消すという謎の行為があったりした。最後は錯乱したオテロが水に入ってずぶ濡れになり、絶命するくらい。本水は別になくてもよいのだが、第2幕のオテロの妄想として演出された部分に水面に照明を当てて、壁に乱反射させるためだけに用意されたのかと思った。

 第2幕は、冒頭が照明の力で、色がなくなったモノクロの世界になった。そこに邪悪なイヤーゴが立つので、悲劇が展開していく序章としては成功。それ以降のオテロの妄想の場面は秀逸。もっともオテロの猜疑心を助長するのが目的とはいえ、デズデモーナが足を露出して、まるで売春婦のような媚態で迫るという正視できないような場面が展開して幻滅。いくらオテロの妄想とはいえ、やり過ぎだと思った。これにより、オテロの人種的以外の劣等感が想像されるのだが、オテロとデズデモーナの性生活までも想像できてしまうのは困ったものである。天使の妄想は膨らみすぎてしっまった。

 最初は、デズデモーナがオテロを先導して寝室に入っていったので、デズデモーナがオテロを待ちかねた様子がみてとれた。二人が睦み合っている時に騒ぎが起きるので、オテロの二度目の登場が、すごく不機嫌そうにみて可笑しかった。年齢差のこともあり、オテロはデズデオーナの要求に応えられなかったりするのかもと考えたりした。まったく下劣な想像なのだけれど、そうした妄想をかきたてるような演出だったのは確かである。

 休憩後の第3幕では、幕前で少しだけ芝居があってオペラカーテンを上手く使って場面を作っていた。新演出だと、どうしても全場面の完成度が高いとうことは少なく、穴があるものだが、今回は第3幕だったようである。第1幕と同様に大勢の人間を全く動かすことができなくて、途端に芝居が停滞してしい最後まで盛り上がりを欠いた展開になってしまい、気がつけばオテロが悶絶していたといった具合で、少々退屈を感じたほどである。

 第4幕は、短時間の舞台転換で水面に置かれていた小さな木道のような通路が取り払われて、寝室の存在が強調されてデズデモーナの追いつめられた状況をよく表現していたと思う。ここでは、デズデモーナのタマ―ル・イヴェーリの素晴らしい歌唱を邪魔するような演出がなくて、音楽に集中できたのが何よりで、第2幕の悪夢のような太ももを露出する演技の記憶を打ち砕くような清純さに救われた想いである。それで感動できたかといえば話は別で、ルーチョ・ガッロのイヤーゴをはじめ、充実した歌唱と演技の印象のみが強く残る。結局は「奇妙な演出」だったなあというのが正直な感想である。制約の多い舞台で、従来の舞台美術を越えようとした演出の試みは評価できるが、このオテロには将軍としての力量や政治力を想起させるような部分がなく、SEXと劣等感しか持たない、実に人間としては小さすぎる印象しか残らなかった。だから悲劇の空気が広がらなかったのかもしれない。

2009年9月20日(日)14:00開演

指 揮   リッカルド・フリッツァ

演 出   マリオ・マルトーネ
美 術   マルゲリータ・パッリ
衣 裳   ウルスラ・パーツァック
照 明   川口雅弘
合唱指揮 三澤洋史
  
オテロ     ステファン・グールド
デズデーモナ タマ―ル・イヴェーリ
イアーゴ    ルーチョ・ガッロ
ロドヴィーコ  妻屋 秀和
カッシオ    ブラゴイ・ナコスキ
エミーリア   森山 京子
ロデリーゴ   内山 信吾
モンターノ   久保田 真澄
使者      タン・ジュンボ


東京フィルハーモニー交響楽団
新国立劇場合唱団
NHK東京児童合唱団

2009-09-22 23:21
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