SSブログ

ドン・ジョヴァンニ 新国立劇場オペラ劇場 [オペラ]2008-12-13 [オペラ アーカイブス]

 今更なのだが、モーツァルトの音楽には「ゆらぎ」がある。それも心地よい「ゆらぎ」が…。今回の新国立劇場の新制作された「ドン・ジョヴァンニ」を観て感じたのは、まさしく「ゆらぎ」だった。

 まだ若いコンスタンティン・トリンクスの指揮する東京フィルハーモニーは、冒頭の序曲こそデモーニッシュな響きに欠けていたが、全編を通じてとっても軽やかな印象。彼はチェンバロを弾きながら指揮をして大活躍。音楽l全体は尻上がりによくなっていったが、第一幕の前半は盛り上がらずに終わったように思う。ドン・ジョヴァンニの「シャンパンの歌」あたりから、モーツァルトらしい音楽が劇場中に満ちてきて、感動的な瞬間が何度もあって、第二幕は大変な盛り上がりをみせただけに、前半の出遅れ?が惜しまれた。

 歌手にも好不調の「ゆらぎ」があって、天使の好みはふたつに別れた。まったく気に入らなかったのは、トム・ハンクス似?のドン・オッターヴィオを歌ったホアン・ホセ・ロベラである。才能のあるリリックなテナーであることは認めても、その歌心のなさには閉口。第1幕と第2幕の聴かせどころのアリアがともに不発だったのはどううしたことか。両アリアであんなに退屈させられイライラしたのは初めての経験だった。お隣のおデートカップルが二人ともその部分だけ?ぐっすり眠っていたのも理由のないことではないだろうと思った。気に入らなかった二人目は、騎士長を歌った長谷川 顯。実力あるバス歌手というイメージがあったのに、不安定な歌唱を聴かせてイライラ度は、こちらの方が高かったかも。

 気に入った歌手の第一は、ドンナ・アンナを歌ったエレーナ・モシュクである。出だしこそ不調?なのかと思ったが、後半になるにつれドンドン調子をあげていき、最後のアリアはまさに絶品。これほど美しい音楽を聴くことはなかなかできまいと思ったほどで深い感動を味わった。技巧的な部分はもとより、その歌心の豊かなこと、ドン・オッターヴィオのテノール馬鹿ぶりとはエライ違いである。

 さらにタイトルロールを歌ったルチオ・ガッロが最高の歌唱と演技を見せた。最初は外見がルパン3世?かと思ったほど冴えなかったのだが、オペラが進むにつれ、どんどんと好色な騎士となっていき、見事な地獄落ちを見せてくれて満足。

 第三は、ツェルリーナとマゼットを歌った高橋薫子と久保和範の日本人コンビ。ガタガタだった第1幕が持ち直したのも、彼らが登場してからで、他の歌手も刺激されたのかどんどん良くなっていったのが不思議だった。そのほか、レポレッロを歌ったアンドレア・コンチェッティ、ドンナ・エルヴィーラを歌ったアガ・ミコライも好演。

 さて演出は時代と場所を、18世紀後半のイタリアのヴェネツィアに設定した。演出家の言葉によれば、台本作家のダ・ポンテと親交があったと思われる?カサノヴァの生まれ育ったのがヴェネチツィアだからという。冒頭にドン・ジョヴァンニとレポレッロがゴンドラに乗って登場するのと、背景にヴェネチアの風景が映し出される以外にはあまり効果があったよには思えなかった。第二幕以降は、パネルに描かれた襖絵のような森が出現するので、演出意図は徹底されていないようだった。無理してヴェネチアにする必要があったかどうか、大いに疑問だった。別にスペインでも日本人の我々には大差ないのだけれど…。

 序曲の半ばで幕が上がると、黒の大理石?にも見えるような鏡のように光る黒い床。舞台の左右には大きなドア状の開閉部分が並んでいる壁。石造りというよりも木材を使ってヴェネツィア風?の文様が描かれた壁紙が貼られている。さらに天井には同じような梁が走っているので、ちょっと室内劇風な設えとなっていた。開閉部分が開くと、下手からドン・ジョヴァンニとレポレロが乗ったゴンドラ、上手から階段がスルスルと登場。背景には運河に建物が建つヴェネチィアの風景が映像で登場する。ぼやけたような映像なのだが夜の場面なので気にならなかったのは何より。

 全体に正統的な演出とみせかけておいて、視覚的には省略するべきものは省略していて案外と現代的な演出。基本的な舞台は、舞台のほぼ中央部分に上手から下手にかけて通じるアーチ型の橋?、その前に降りる壁、チェスの駒を模した白黒に塗られたメリーゴーランド、細長い長谷川等伯あたりが描きそうな襖絵風のパネル、下手に出現するバルコニーなどが適時に飾られ、多場面を構成し、簡素ながらセンスのある舞台装置。

 さらに衣装は、身分が高い者たちは光るサテン?のような布地でつくられていて照明の効果があってとっても美しい。ちょっと趣味が悪いと感じたドン・ジョヴァンニ第二幕の紫の衣装は、足元にあたるブルーの照明の効果が思いがけない変化をみせて幻惑的な舞台が出現して大いに驚く。偶然の産物か計算づくなのかはわからないが、計算づくだとしたら衣裳デザイナーと照明プランナーは天才である。平民は花柄のプリントの衣裳で、これまたお花畑かと思うくらい華やかで効果的だった。

 今回の演出の肝は、ドン・ジョヴァンニよりも女たちの描きかたに重きがおかれていたように思う。ドンナ・アンナはドン・ジョヴァンニに肉体を奪われたようで、冒頭で彼を追いかけながらも唇を奪われたりする。確かに序曲の間に、十分な時間があったので可能だったわけなのだが、ドンナ・アンナはドン・オッターヴィオと間違ったと言い訳していたが、ドンナ・アンナの方がドン・ジョヴァンニの方に未練たっぷりのように感じられた。貞操を守れなかったのに、しゃあしゃあと婚約者と一緒にいられるって、いまどき
もよくありそうな話で「女って怖い」の典型で、一番どうしようもないタイプだったかも。

未練たっぷりなのは、ドンナ・エルヴィーラも同じで、ドン・ジョヴァンニが自分の侍女に手を出しているのにも気がつかず、あるいは気づいていても見てみぬふり、それでも男を忘れられない悲しい女の性を描いていて秀逸。ツェルリーナにいたっては、結婚式なのにドン・ジュヴァンニになびいてしまう恐ろしさ。最後の場面で登場人物がそれぞ彼に所縁の小道具を象徴的に手にする演出がある。帽子、仮面、カタログ。彼女は一度捨てたブーケなのだけれど、絶対に再び捨てるときがあるだろうと思う。彼女に限らずそれが人間なのだと非難よりも共感できるように描かれていた。

 音楽はもとより、演出もシンプルでありながらセンスの光る上質な舞台で悪くない。会場で配られるステージノートに書かれていた解説の「ご観劇後には満ち足りた気分になることでしょう」という言葉に嘘はないように思われた。終演後はすっかり暗くなっていて、オペラシティの巨大クリスマスツリーのイルミネーションが美しく輝いていた。天使のオペラは年内はこれが最後。大きな満足を味わうことができて幸福。

2008年12月13日(土) 14:00開演

スタッフ
【作 曲】W.A.モーツァルト
【台 本】ロレンツォ・ダ・ポンテ

【指 揮】コンスタンティン・トリンクス
【演 出】グリシャ・アサガロフ
【美術・衣裳】ルイジ・ペーレゴ
【照 明】マーティン・ゲプハルト

【芸術監督】若杉 弘

キャスト
【ドン・ジョヴァンニ】ルチオ・ガッロ
【騎士長】長谷川 顯
【レポレッロ】アンドレア・コンチェッティ
【ドンナ・アンナ】エレーナ・モシュク
【ドン・オッターヴィオ】ホアン・ホセ・ロペラ
【ドンナ・エルヴィーラ】アガ・ミコライ
【マゼット】久保和範
【ツェルリーナ】高橋薫子

【合 唱】新国立劇場合唱団
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団

2008-12-13 23:38
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:音楽

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。