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ロベルト・デヴェリュー 千秋楽 ウィーン国立歌劇場2008年日本公演 [オペラ]2008-11-08 [オペラ アーカイブス]

 エリザベッタを歌い演じたエディタ・グロベローヴァは、完璧な歌唱の上に圧倒的な存在感で観客を魅了した。しかしながら演奏終了後、前方の席に座っていた友人のCypressさんがスタンディング・オベーションするのを目撃しつつも、素晴らしい演唱に出会った喜びよりも虚しさに囚われていた。何故、演奏会形式でなければならなかったのか?噂によれば、ウィーン国立歌劇場の原演出が、迫りを多用していて東京文化会館ではオリジナルな演出の再現が不可能だったとか…。でも、よく考えて欲しい。我々が経験した海外の歌劇場の日本公演で、真の意味でのオリジナル演出が再現されただろうか?厳密にいえば、どれもそれらしく再現したに止まっている。要は工夫次第ではないのだろうか?

 87年のベルリン・ドイツ・オペラの「指環」は、奥行の浅い会場の条件に合わせて、36メートルの奥行きが必要なタイムトンネル?の形状を変更した。88年のメトロポリタン・オペラの「ホフマン物語」では、迫りを使用しない上演形式で公演を実現した。パヴァロティの出演した「トスカ」では、見せ場の第三幕をオリジナルの大迫り使用ではない上演方法を採用した。ウィーン国立歌劇場の「パルシファル」では、舞台の最深部から始まる行進をNHKホールの奥行いっぱいを使用して再現した。アバドの指揮した「フィガロの結婚」、同時期にNHKホールで上演した「こうもり」も圧縮空気で舞台装置を浮上させる手法で、回り舞台もスライディングステージの設備もない劇場でオリジナル演出を再現した。

 今回も東京文化会館でもオリジナル演出を当初は考えていたのではないだろうか?それを証拠に、昨日と明日、唐突に東京文化会館で上演される東京バレエ団の「ベジャールのくるみ割り人形」が割り込んでいるのは、いかにも不自然である。押さえてしまった会場の穴埋めに企画されたバレエ公演のような気がしてならない。幾多の不可能な上演を可能にしてきた元NBSの広渡勲氏の穴が埋められでいないのではなかろうか?今日、東京文化会館の客席にいた観客のうち、何人がオリジナルの上演にこだわっているというのか?海外の歌劇場の日本公演では異例すぎる演奏会形式よりも、不完全であっても舞台上演を選択するべきではなかったろうか。レベルの高い演奏であればあるだけ、演奏会形式という画竜点睛を欠いたものであったことが残念でならない。

 エディタ・グロベローヴァのような不世出の大歌手であれば、舞台美術、衣裳、照明などの力を借りずとも、劇的な世界を現出させることは容易であろうが、ソリストはともかく、合唱団員が歌い演じた?小姓や従者の存在感のなさは、一体なんだろう。せっかく舞台に広がりかけた大英帝国の人間関係のドロドロが消えていった。主催者のエディタ・グロベローヴァが最も得意とする演目を日本の観客に紹介したいという思いは伝わっても、その上演形態の不完全さによって素直に受け入れ、熱狂的な反応を示すまでには至らなかった。歌舞伎ファンなら、日本舞踊で素踊りというジャンルがあるように、役者が化粧も衣裳もなしに、紋付き羽織袴で裸舞台で歌舞伎を上演している姿を想像して欲しい。確かに物語の展開は追えるだろうが、それが歌舞伎の魅力のすべてといっても納得できないだろう。やはりオペラの演奏会形式は、片翼をもがれた天使のようなものである。音楽に集中して直接向き合うことができるとしても、やはりオペラとして異常な形としか思えなかったのである。

 全席完売で、さながらエディタ・グロベローヴァのワンウーマンショーのようになってしまったウィーン国立歌劇場2008年日本公演の千秋楽公演には、なんとも形容しがたい不満が渦巻いてしまって素直に熱狂できないでいた。NBSの千秋楽公演恒例の紙吹雪と紙テープは、コンサート仕様の音響反射板が設置された東京文化会館の舞台では無理だったようで、プロセニアムと天井の音響反射板の隙間から看板が降りる中途半端な方法がとられた。祝大成功、2012年に会いましょうの文字が白々しく思えてならなかった。次回は、すべて演奏会形式なのか?と憎まれ口もきいてみたくなる。演奏会形式は今回の特例であって、今後はないことを切に願いたい。普通のオーケストラが定期公演でオペラの全幕上演を取り上げ、コンサート形式で演奏するならともかく、歌劇場がオリジナルの演出をレパートリーにもっていながら演奏会形式にするとは自殺行為に等しいと感じた。どうしても、その欠落感が埋めきれなくて早々に会場を後にする。コアなオペラファンならともかく、普通のオペラファンの天使には受け入れがたいものだった。

 いまだに舞台上演形式での演奏が実現していないエディタ・グロベローヴァ「ノルマ」とは根本的に違うのである。あろうことかNBSはヴェッセリーナ・カサロヴァの「カルメン」を演奏会形式で開催するらしい。だとしたら、エディタ・グロベローヴァの「ロベルト・デヴェリュー」もウィーン国立歌劇場の手を煩わせることなく実現可能だったのではないだろうか?別の演目の上演があってもよかったのではないだろうか?ドニゼッティではなく、シュトラウスの「ナクソス島のアリアドネ」の三度目の上演などだったら?と夢想してみたりした。
 
 東京文化会館の音響反射板をみるのは久しぶりだった。オペラとはいえ演奏会形式なのである。オーケストラピットが舞台面まで上がっているのは、いつも演奏会と同じ。舞台端から指揮台までが長めにとられていて、歌手が演技するスペースになっていた。オーケストラの並びは通常の演奏会と変わらない。実質ウィーンフィル演奏会でのオペラ上演という趣である。舞台奧には、指揮者をとらえるカメラが立っていて、舞台裏でのドラム演奏用のモニターに映像が送られるらしい。さらに、その後ろには山台が設置されていて、1列に14名の座席が用意されていて、全部で4列となっていて56名の合唱団が並ぶ。

 開幕のアナウンスの後、盛大な拍手で迎えられたコンサートマスターのライナー・キュッヒルを先頭に楽員が入場。その後、合唱団員が上手から男声、下手から女声が入場。男性は全員燕尾服の正装であり、女声も上下黒の揃いのドレスであった。男声の4列目と3列目の一番上手に座っている団員は、小さな役を演じるときに席を立って舞台前面までくるが、基本的にはソリストは上手と下手の脇舞台から登場する形式である。

 主に演技スペースは下手側で、簡単な演技が付けられていたものの、演出家の指示はないようで、歌手の自主的な演技に任されていた模様。指輪とかショールなどの最小限の小道具しか使わない。照明も通常の地明かりなので、舞台が昼なのか夜なのかは不明。よくあるようなセミステージ形式でもなく、歌手が横一列に並んで歌ようなガチガチの演奏会形式でもなかった。

 圧倒的なのは、やはりエディタ・グロベローヴァの存在感とその演技で、わずかな演技スペースを駆使してドラマを浮かび上がらせたのは圧巻。指揮台の手すりにすがリつくような演技も交え、演奏会形式でありながら絶妙な歌唱の力もあって、見事な劇世界を構築。それに比べれば、他のソリストは立派な歌唱は披露しても、演技では手も足もでないという有様で、演技面だけでいえばエディタ・グロベローヴァのいない場面は退屈の極みだった。それでもサラの ナディア・クラステヴァ 、題名役のホセ・ブロス、ノッティンガム公爵のロベルト・フロンターリは立派な歌唱を披露していて満足。それだけに舞台美術、照明、衣裳、それに考えられた演出の力を借りたならば、彼らの歌唱がもっと輝いたような気がしてならなかった。

 エディタ・グロベローヴァの前夫?である指揮のフィリードリッヒ・ハイダーは可もなく不可もなしといった感じ。リサイタルは別の指揮者が振るらしいので、彼の指揮も日本では見納めだろうか?エディタ・グロベローヴァは、さすがに歳を感じさせる外見なのだけれど、それを補って余りある完璧で絶妙な歌唱で観客を熱狂させる。近頃、これほど身体の底から熱くなってくるような演奏は久しぶり。第一幕を終わってみれば手のひらは汗でビッショリ。文字通り手に汗握る演奏だった。グロベローヴァは幕ごとに衣裳を替えるが、他の歌手は同じ。簡単に言ってしまえば、不倫を交えた四角関係なのだけれど、普通の演奏会用衣裳に素顔での歌唱だと、やはり普通の人間関係のように見えてしまって損だったかも。意外に第一幕第二場のサラとロベルトの二重唱が盛り上がらなかったのも、このあたりに原因がありそうである。

 今回の日本公演は、やはりムーティの指揮する「コシ・ファン・トッテ」がオペラの総合点では圧倒的によかった。小澤の「フィディリオ」は、まあ最後の日本公演で華を持たせたという意味しか感じなかったし、「ロベルト・デヴェリュー」は前述したように、彼女の「ノルマ」の演奏会形式での初演のように、優秀なソリストさえ集められれば、日本スタッフでの上演で十分だったかも。


ガエターノ・ドニゼッティ
『ロベルト・デヴェリュー』
(演奏会形式)
台本:サルヴァトーレ・カンマラーノ

11月8日(土)15:00開演 / 東京文化会館
指揮: フリードリッヒ・ハイダー
合唱指揮: トーマス・ラング



エリザベッタ: エディタ・グルベローヴァ
ノッティンガム公爵: ロベルト・フロンターリ
サラ: ナディア・クラステヴァ
ロベルト・デヴェリュー: ホセ・ブロス
セシル卿: ペーター・イェロシッツ
グアルティエロ・ローリー卿: 甲斐栄次郎
小姓: 伊地知宏幸
ノッティンガム公爵の従者: マリオ・ステッラー


ウィーン国立歌劇場管弦楽団
ウィーン国立歌劇場合唱団

2008-11-08 23:00
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