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加茂堤 筆法伝授 道明寺 三月大歌舞伎・昼の部 歌舞伎座  [歌舞伎]

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初日の歌舞伎座を観た。平日にもかかわらず昼の部はほぼ満席の盛況だった。もちろん多くの観客のお目当ては仁左衛門の菅丞相だったろう。その期待に違わぬ名演で、あの十三代目仁左衛門の菅丞相を超えたかもしれないと何度も感じた。そして、今回の特徴は、染五郎、菊之助という花形、梅枝、壱太郎という若女形が大役を演じる一方、秀太郎、魁春、歌六、芝雀といった役者が周囲の重要な役を固めて、仁左衛門を頂点にピラミッド型の理想的な配役が実現したことも成功の大きな要因だったと思う。

『加茂堤』は、若手花形による舞台で、何よりも若さと華やぎが舞台いっぱいに溢れて心の浮き立つ舞台になっていた。特に菊之助は輝くばかりの役者ぶりで大いに観客をわかせていた。七月には国立劇場の歌舞伎鑑賞教室で、岳父である吉右衛門の指導により知盛を演じることが発表された。五月の團菊祭には玉手御前を演じることになっているし、狐忠信、いがみの権太なども当然手がけるであろうから、祖父・梅幸や父・菊五郎以上の兼ねる役者になることだろう。先月の『陣門・組討』といい、今月の桜丸、判官代輝国といい、先輩の胸を借りて自分を鍛えている風なのがよい。

対する梅枝は、若手女形としてめきめきと腕を上げていて、今月も八重、「筆法伝授」の戸浪と大活躍である。その抜擢に応えて、若いながらも安定感のある芝居で、安心して観ていられるのが何よりである。もっとも菊之助の桜丸とともに、斎世親王の萬太郎や苅屋姫の壱太郎 の行為に刺激されて、思わず抱きしめて口ずけを交わしてしまうのは、観ているこちらをも切ない気持にさせてしまって、居心地の悪さを感じてしまったが・・・。牛車の中の行為までも想像させて、昼前だというのに健康的ではあるが艶かしい空気が漂っていた。そうした空気を打ち破ったのが三善清行の亀寿で、こうした役柄を今後も持ち役にするのだろうが、若いうちから経験を積んでいけるのは悪いことではない。

『筆法伝授』は仁左衛門の菅丞相がもちろん素晴しい。精進潔斎をして役に臨むというのだから、精神的にも肉体的にも内面を高め、高潔な人物を演じなければならないとすれば、今の仁左衛門以外に演じられる人は見当たらないわけで、現代の観客は、心技体とも充実した菅丞相を観ることができる喜びを、芝居の神様に感謝しなければならない。

そして、この幕の一番の贈り物は染五郎の武部源蔵である。同じ弟子である橘太郎の左中弁希世は、師匠の高潔さに比べ、欲や妬みなど罪にまみれた人物である。でも、源蔵も主人の目を盗んで不義密通をしていたのだから、実は同じようなものなのだと気がつかされた。それは、染五郎が花道から登場した瞬間に、その罪を背負っていることを観客に解らせたからである。だた背中をかかめ、ゆっくり歩いて出ただけなのに彼の置かれている状況が解ったのである。菅丞相を演じる仁左衛門に胸を借りる格好の染五郎が、役と重なっていて丁寧に演じているのも好印象だった。

回り舞台が効果的に使われ、愛之助の梅王丸の活躍などもあって、梅枝の戸浪ともども花形から中堅と呼ばれる役者と園生の前の魁春など贅沢な配役もあって、非常にバランスが良く、内容の深刻さに比べ楽しめる内容になっていた。

そして『道明寺』という大曲。『筆法伝授』もそうだったが、現在の竹本の総力を結集したような顔ぶれで、しかも50歳代中心という、役者陣よりも一足先に世代交代が終わったような感じだったが、誰もが懸命に語る姿は心を打つものがあった。

仁左衛門の菅丞相は、木像の役の時には、瞬きひとつしないのは相変わらずで、極力感情を抑えた演技で素晴しいのだが、本物の菅丞相では高潔な人そのままを演じ、さらに苅屋姫への情愛をみせて感動させてくれた。その感動は声高に叫ぶような種類のものではなく、幕が引かれた後、頬を一筋の涙が伝って落ちるような静かで深い感動なのである。けして押し付けがましくなく、謙虚で慎ましやかな演技ともいえない演技。菅丞相そのものだったと言ってよい。そんな大きな何かに触れたように思え幸福だった。

大役中の大役、覚寿を演じたのは秀太郎である。立田の前や苅屋姫も経験し、ようやく演じる機会を得たようだが、その思い入れの深さは、十三代目以来、松嶋屋にとっては非常に大切な演目だけに、尋常ならざるものがあったようだ。信頼できる覚寿との共演で、仁左衛門がどれほど演じやすかったことだろう。これで我當が判官代輝国を演じてくれていれば、大きな喜びとなったことだろう。今回は菊之助が演じ、若さと美貌、生来の気品によって、観ている人を清廉な気持に導いてくれてた。

松嶋屋からは、儲け役である奴宅内を愛之助が演じて華を添えた。立田の前の芝雀、宿禰太郎の彌十郎、土師兵衛の歌六と現在望みうる最高の配役が揃ったことも上演の成功をもたらしてくれた理由に違いない。それにしても天使の周囲の席の多くの観客が居眠りするとは、どうしたことだろう。少なくとも優先予約のできる人でなければ手に入らない良い席であるからには、熱心な歌舞伎ファンであるはずなのに、肝心なところを見逃してしまうとは残念だし、勿体無いことだと思う。

深い感動を味わったことで、再び観ようとチケットを買い増ししようとしたが、残念なことに買いたい日の昼の部は全席売り切れとなっていた。歌舞伎のためには、喜んでいいことなのだが、もう一度観るのが叶わないのは残念でならない。


昼の部

通し狂言 菅原伝授手習鑑

序 幕 加茂堤

11:00-11:27
   
桜丸 菊之助
八重 梅 枝
斎世親王 萬太郎
苅屋姫 壱太郎
三善清行 亀 寿

幕間25分

二幕目 筆法伝授

11:52-1:17
   
菅丞相 仁左衛門
武部源蔵 染五郎
梅王丸 愛之助
戸浪 梅 枝
左中弁希世 橘太郎
腰元勝野 宗之助
三善清行 亀 寿
荒島主税 亀三郎
局水無瀬 家 橘
園生の前 魁 春

幕間35分

三幕目 道明寺

1:52-3:42
 
菅丞相 仁左衛門
立田の前 芝 雀
判官代輝国 菊之助
奴宅内 愛之助
苅屋姫 壱太郎
贋迎い弥藤次 松之助
宿禰太郎 彌十郎
土師兵衛 歌 六
覚寿 秀太郎

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