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鳥居前  道行初音旅 川連法眼館 新橋演舞場・八月花形歌舞伎・第1部 [歌舞伎]

着長はどこへ? 


 六月に行われたの訪欧凱旋公演なのだという。九月にも京都・南座で玉三郎との共演で『義経千本桜』の忠信・知盛・権太三役を一日で勤めるというし、忠信編と題して「鳥居前」「道行初音旅」「川連法眼館」「蔵王堂」を上演する試みもある。歌舞伎座で恒例だった八月の三部制が新橋演舞場へ移って海老蔵と若手中心の公演に模様替え。第一部では「鳥居前」「道行初音旅」「川連法眼館」を一挙に上演するというが、普通に上演したら幕間を入れて3時間半を軽く超えるのにどうするのかと思ったら、「鳥居前」と「道行初音旅」を続けて上演するロンドン公演を再現した内容。2時間50分で上演するという短縮版だったので大変驚いた。平成20年7月の歌舞伎座では、玉三郎と普通に演じているというのに…。

 そもそも時間短縮はロンドンの主催者からの要請だったらしい。どうせ歌舞伎なんかわからない観客なんだからエイッ!ヤアッ!とばかりに大胆なカットを施した舞台となった。それを八月の第一部にもってくれば時間的にもピッタリと浅知恵を出した人間がいたのだろうか。これで満足しない人間は来月は京都へ来いとでも言わんばかりの暴挙である。

 いや、猿之助が指導した完全版を見たければ国立劇場の『第八回 亀治郎の会』へ行けということかもしれないと深読みをしてみた。亀治郎の方は、義経が染五郎、静御前が芝雀と新橋演舞場と同等かそれ以上の配役である。しかも自分の家の芸ともなれば、亀治郎の張り切りぶりは想像に難くないわけで、この競演は最初から勝負が決まっているようなものである。前回も「四の切」は国立劇場の歌昇との競演となって、海老蔵の欠点ばかり目立ってしまったというのに、なんなのだろうこの強気と自信は。

 「鳥居前」は弁慶の登場を全部カットという暴挙。忠信の荒事と静御前と義経の別れ、義経から初音の鼓と鎧が与えられたことを手際よくみせる。ベテランの観客は飽きるほどみたから今さら説明はいらないでしょう。初めてのお客には、詳しいあら筋はイヤホンガイドにおまかせといった態度である。確かに紅隈の似合う海老蔵は十分に魅力的だし、勘太郎の義経、七之助の静御前も悪くない。それなら面倒で理解しにくい部分はカットでも文句はないだろうというものではない。この場の主役は忠信であるけれども、義経の流転する運命を少しでも忠信と対比させていかないと芝居にならないではないか。外題は『義経千本桜』なのである。

 それに追い打ちをかけるように落胆させられたのは「道行初音旅」への舞台転換である。普通なら定式幕を閉めての舞台転換が定法であるが、なんと舞台を薄暗くして裏方が登場して鳥居などを人力で撤去する場面を見せるのである。歌舞伎で裏方が出てきて舞台転換をみせるのは、『仮名手本忠臣蔵』でくるくると巻かれた薄縁を上手から下手へ広げる妙技を披露することもあるが、こうも堂々と裏方の転換作業をみせるという神経が理解できない。

 観客の知識欲を満足させる趣向なのかもしれないが肝心の「道行初音旅」が大きく損なわれたとしか言いようがない。荒事、舞踊、ケレンを一挙にみせるのが目的だと言っても、続けて上演することで拵えにも時間がかかるからなのか不思議な構成になってしまって全く満足できないものと成り下がった。まず真ん中の桜を挟んで上手に竹本、下手に清元という舞台面も歌舞伎の美学とは相容れないものだと思った。

 「女雛男雛」や「戦物語」といった見せ場?はあるが、すべてが駆け足といった印象で何も伝わってこないばかりか観客には親切なようでいて、不親切きわまりない舞台となった。取り柄は上演時間が短いだけとはなんとも情けない。前回上演時が「鳥居前」が45分、「道行初音旅」が竹本のみで37分の合計82分だったのだが、今回は72分。わずか10分のカットとはいえ(普通は道行は50分ほどかかるのだが立ち回りがカットされているからなのだろう)失われたものは予想以上に大きかったようである。

 こうした不満を解消したのが「川連法眼館」である。もともとこの場面をみせるために上演したようなものだから、ここが悪くては困るのだが平成18年以来上演を重ねた成果をみせた。当初は狐言葉といった甲高い声に違和感がありすぎて別の方向の芝居になってしまったが、今回は安定していたと思う。

 何より優れていたのは「鳥居前」でもそうだが、骨惜しみせずに体当たりで立ち回りやケレンの技の数々に挑戦して行く姿勢である。かつての猿之助も観客を喜ばせるために、全力投球だったのが壮年になってからは無理をしない姿勢が目立った。若い頃は歌右衛門をはじめとする歌舞伎の権威に挑むようなギラギラとしたものがあって、親を思う子狐という部分が見えなくなってしまっていた。やがて両方とも満足できないレベルになって宙乗りで興奮はさせるが感動は薄かったというのが正直な感想である。

 海老蔵の佐藤忠信での爽やかさと姿の良さは当代一で申し分ない。若手花形を見回しても、これ以上の忠信を観ることはできないと思う。狐忠信も中性的な不思議な魅力があって役の性根にあった役作りだとも言える。ケレンも仕掛けだけに頼らない驚異的な身体能力をみせる。前回も驚いたが、階段下から高二重に跳躍する技は健在である。鼓を転がして喜びを表す部分でも親鼓を思う気持も必要以上に過剰にならないのがよい。

 宙乗りも観客の受けを狙ってガツガツとしたところがないのが海老蔵ならではで、猿之助が宙乗りをしながら観客に熱い眼差しをそそいでいたのと違い、どこか伏し目がちというか恥ずかしげな風情なのも面白い味わいである。共演した中村屋兄弟とのバランスもよく、今後は三人が力を合わせてつくりあげる舞台が増えるのではないだろうか。

 さて狐忠信と初音の鼓の行方を綴った「忠信編」でロンドンの観客にも大いにアピールしたことと思うが、論理的な物語を好む彼の地の観客の中に、「義経からもらった着長はどへに?」と思った観客はいなかっただろうか。普段はまったく気にならないことなのだが、大胆なカットが目立つと細部が気になって仕方がなくなってしまった。 

第一部

訪欧凱旋公演
義経千本桜(よしつねせんぼんざくら)
  鳥居前
  道行初音旅
  11:00-12:12

  幕間 30分

  川連法眼館
  市川海老蔵宙乗り狐六法相勤め申し候
  12:42-1:50

      佐藤忠信実は源九郎狐  海老蔵
             静御前  七之助
            駿河次郎  市 蔵
            亀井六郎  亀 蔵
            早見藤太  猿 弥
              飛鳥  右之助
            川連法眼  家 橘
             源義経  勘太郎

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