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畑中良輔85歳メモリアルコンサート 青の会 第84回公演 [演奏会]2007-02-23 [演奏会 アーカイブス]

 今日は全席自由席だからだろうが、開演一時間前に会場へ到着すると、すでに行列ができていた。年配のお客様が多いようだ。ホールな中通路から後ろの中央ブロックと2階席中央は招待席のようである。100名を越す合唱団の関係者が混じっていたとしても紀尾井ホールが満席の人気である。ロビーには贈られた花のスタンドが多数並んでいた。一番大きいのは水戸芸術館の吉田秀和館長からのものだろうか。中村吉右衛門丈からの白い胡蝶蘭と坂東玉三郎丈の紫の胡蝶蘭も目をひいた。終演後、花スタンドの花が抜かれ、小分けにされて新聞紙に包まれた花束を聴衆に渡していた。確かにあれだけの花があっても始末に困るだろう。日本経済新聞も意外なところで役に立つ。天使も深紅の薔薇の花を頂いた。帰りの電車では、ずっと良い香りに包まれ、部屋の花瓶に活けられて今も先生の演奏会の余韻とともに、目を楽しませていてくれる。粋なはからいである。

 プログラムは高田三郎の名曲「水のいのち」から。指揮は、もちろん畑中先生である。合唱団は慶應ワグネル男声合唱団OB有志と藤沢男声合唱団。そして演奏の前に、伊藤京子女史による「水のいのち」の朗読があった。白い清楚な服で登場し、小さな紙を見ながら、時に激しく、時に感情豊かに、美しい日本語を響かせた。さすがに往年の名オペラ歌手である。歌は歌わずとも、その心に酔いしれた。何時の間にか、周囲の人々は消え、伊藤女史と天使だけが存在するような不思議な感覚に陥った。これは、杉村春子の「ふるあめりかに袖はぬらさじ」のお園を観て以来のような気がする。名優の演技に匹敵する、名歌手の名演技。当然のことであったかもしれない。ちなみに1922年の2月12日が畑中先生のお誕生日で、今日2月22日は伊藤京子さんのお誕生日だという。

 感動のうちに朗読が終わると、すぐにピアノが静かに続いて「水のいのち」が演奏された。若い学生の合唱団なら、ドンドン飛ばして、熱くなりすぎるきらいのある曲だが、さすがに平均年齢が高いだけあって、大人の声であり、大人の歌であった。先生の指揮も心のこもった音楽を紡ぎ出そうとしていたし、新しい試み?もあった。最初の曲「雨」に戻って終わったのだ。そこにこそ先生の深い想いがこめられていたのだろう。願わくば、合唱団員の方々は先生の指揮を、もっと良く見るべきだ。100人の男声合唱団で歌うのは、さぞ気持ちがいいと思うのだが、合唱団の一員であることを忘れてはならないと思う。先生の音楽についていけてない、あるいはついていかない方も見受けられたのが残念だった。音楽に対して、歌に対して「感動」がなければ何も伝わらないと心得るべきだと思う。

 次は先生が15歳の時に書かれた詩の朗読で「油絵とデッサン」長野羊奈子さんが出演予定だったのに、足の具合が悪いとかで、なんと奥様の畑中更予さんが登場。先生より2歳上の姉さん女房だというが、まったくお年を感じさせない、天真爛漫な少女のような方だった。あまりに早熟な天才的な詩を、恥ずかしそうに嬉しそうに朗読。最後はウイットに富んだご挨拶をされて、天使は思わず涙ぐんでしまった。奥様は、なんと畑中先生のことを深く愛していることだろう。その愛の深さに心打たれた。純粋な、本当に純粋な愛の姿がそこにあった。その固い絆は、ちょっと凡人には理解できない領域なのかもしれない。

 つづいて10代で作曲された中河輿一の「天の夕顔」による四つの歌とその妻中河幹子による「四つの歌」をバリトンの網川立彦さんが歌った。後者は最近の作品。その間に60年近いの歳月が流れていることに感動をまず覚えた。そして前者の失われた楽曲が中河さんのお嬢さんの元にあったのが発見されて、今回の演奏に繋がったらしい。

 つづいて八木重吉による五つの歌。これも先生の作曲。大島洋子さんが見事に、その詩の世界と先生の音楽とを表現。それにしても先生は、なんとロマンチシズムにあふれた作曲をなさっていることだろうか。しかも本当に若い時代に…。

 そして畑中先生自身が自作を歌う。 低音のための「三つの抒情歌」より「採花」「海浜独唱」そして天使の大好きな「花林」(まるめろ)指揮に、曲目解説に大忙しだったのと、花粉症で、最初に少し声がひっかかってしまったが、85歳にしてこの歌唱は驚嘆するしかない。深く感動した。

 そして休憩。ロビーで今日発売になった花岡千春さんのCDと前から欲しかった先生の詩集「超える影に」を買い求める。

  休憩後は、先生の愛するロベルト・シューマンの歌曲より3曲。「きみに捧ぐ」「胡桃の樹」「てんとう虫」プログラムには先生の訳詞が掲載されていたが歌唱はもちろん原語。さすがにドイツ歌曲から声楽の勉強をスタートされただけあって、自作を歌われたときは打って変わって、心から歌う喜びが溢れてくるような歌唱。少年の日の情熱の炎が燃えさかっているように思えた。歌は年齢ではなく、心の年齢が肝心なのかもしれない。天使には、音楽への情熱に燃える少年が歌っているように思えたからだ。

 次は花岡千春氏のピアノ曲。作曲はもちろん畑中先生で「ピアノのための九つの前奏曲」よりの一曲と、「花林」をピアノ版に編曲したもので、新しいCDに収録されている曲である。歌曲ばかりでなくピアノ曲も作曲されていたとは意外だったが、繊細さと先生の優しさを見事に表現した花岡氏のピアノに心洗われる思いだった。

 さすがに盛りだくさんの内容で時間が押してしまったのか、解説は最後の三曲をまとめてされた。
まず情熱的な歌人・和泉式部の歌に曲をつけた歌曲連集「和泉式部抄」を酒井美津子さんが、畑中先生の詩集「超える影に」に三善晃さんが曲をつけたものを、朗読をまじえ瀬山詠子さんが、最後に先生の詩「四季の歌」に中田喜直さんの作曲で片岡啓子さんが歌った。さすがに現役のオペラ歌手であって、その劇的な表現力、深みのある声に圧倒され、素晴らしい歌声で記念の演奏家を締めくくった。

 詩に作曲に評論に、現役歌手、そして類い希な文筆家として、忙しい毎日を送られているようである。最後にプログラムに載った先生の言葉を採録させていただきます。

 ごあいさつ
                 畑中良輔

 本夕は。まだなお寒いところを御運び下さいましてありがとうございます。八十歳記念のコンサートをいたしましたのが、つい先日のことのように思われますのに、もうあれから五年も経ってしまいました。

 歌ったり、棒を振りをしたり、書きものを抱えこんだり、企画やコンクールの仕事もしたり、いろいろな役職をいただいて、毎日あちらこちら飛び廻っておりますが、「お前はまだ働ける!」という声がいつも私の耳にひびいて来るのです。

 まだ何とか働けるような気もいたしますが、老いてなお、この世のお役に立てるようでしたら、今後も力を盡して未知なるものへの挑戦を続けたいものと思っております。

 どうかこれからも何かと、「叱咤激励」よろしく御願いいたします。
 
 85歳の先生を「叱咤激励」する人がいるとは思えない。「叱咤激励」されるのは、こちらの観客席に座っている方だろう。「力を盡して未知なるものへの挑戦を続けたい」と宣言されてしまったら、こちらは、どうすればいいのだろうと途方に暮れる。これこそ、観客に向けられた「叱咤激励」に違いない。天使が85歳まで生きられるかどうかは判らぬが、悔いのない一日一日を生きねばならないと思う。


2007-02-23 00:24
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