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レ・ミゼラブル 帝国劇場 [ミュージカル]2007-06-24 [ミュージカル アーカイブス]

久しぶりに出会った最低の部類に入る舞台。20年前の初演から進化するどころか、こんなに劣化しているとは…。東宝のミュージカルはスターシステムだったものが、この作品あたりからオーディションになったはずである。とは言うものの初演は鹿賀丈史と滝田栄のバルジャンとジャベールのダブルキャストでの交互上演。野口五郎、斉藤由貴、岩崎宏美、鳳蘭、斉藤晴彦と知名度のある人ばかりで、島田歌穂がこの作品でスターになったというくらいだった。

 6月23日17時開演のは、清新なキャスト(無名に近い新人ばかり)ということで選んで観に行ったのである。結果は舞台慣れしていない人、正確に歌えない人、健闘は認めても存在感に乏しい人と到底お金を取って他人様にお見せできるようなレベルではなかったように思う。あまりの酷さに呆れてカーテンコールは客電が点灯したらとっとと帰ってきた。

 まずPAの音が硬質すぎて耳障りであったことが印象を悪くしている。妙な効果をかけすぎだし、アンサンブルの歌が途切れてしまうような不手際もあって、怒りが三倍増しになったような気がする。しかもマイクなしだと、あんな蚊の鳴くような声で歌っていたとは…。ポピュラー的に歌う人、オペラ的に歌う人、ヴィブラートが激しい人などアンサンブルの声質はバラバラで本当に気持ち悪かった。

 プリンシパルでまあまあ聴けたのはアンジョルラスの原田優一とエポニーヌの笹本玲奈くらい。がっかりさせられたのは、まずフォンティーヌの山崎直子。ジャン・バルジャンの運命を変える重要な役であるのに、ぜんぜん心に響いてくる歌ではなくて存在感は限りなくゼロに近かった。コゼットの富田美帆とマリウスの小西遼生に至っては、舞台に上がっているのが不思議なレベル。たしかにヴィジュアル面ではなかなかなのだが、肝心の歌は言葉が不明瞭な上に発声方法に大いに問題有りで、全然心に染みてこない歌だった。

 ジャン・バルジャンの橋本さとし、ジャベールの阿部裕、テナルディエの三谷六九、テナルディの妻の田中利花は、ようやく及第点のレベルといったところである。でもスター性に乏しくて全然楽しめない。今回は新国立劇場でも演出をしたジョン・ケアードが目配りをしているはずなのだが、キャストによっては大はずれになるということなのだろうか。このミュージカルからスターが誕生はしているのだが、スターの原石でない人をいくら磨き上げたところでスターにはなれないワケだし、新人発掘につきあわされる観客もたまったものじゃない。

 今回唯一感心したのは、司祭館で司祭から贈られた燭台をジャン・バルジャンが常に持ち歩いていて、最後の場面でも使われていたことに気がついたことぐらいだろうか。いつもなら思わない大河小説のダイジェスト感が全面に出ていて、落ち着かないし、何に感動していたか不明な舞台ではある。成仏できない幽霊なのか、あるいは千の風になった人々なのか、日本と西洋の死生観は違っているのだということにも気がついた。今まで違ったとらえ方をしていたのかもしれない。など考えながら舞台を眺めつづけていた。大昔、サンフランシスコで全米ツアー版の公演を観たことがあって、隣の中年のおじさんが最後は涙ぐんでいて、えらく感動したことがあったのだが、とにかく歌の迫力と客席のノリのよさは、やはりミュージカルは西洋のものだと強く思う。

 劇団四季のミュージカルは週に8回を限度としての上演。東宝系の帝国劇場では週12回という世界でも例をみない過密スケジュールでの上演。劇団四季は当日にならないとキャストは発表はしないものの同一キャストでの短期間の連続上演が基本。建前上は一番コンディションの良いキャストとなっているので、一応競争原理はあるみたいである。

 ところが帝劇では、事前にキャストが発表されていて基本的にキャストの交替はなし。競争原理が働かなくてとってもぬるま湯的。しかも主要な役には基本的に4名が交互出演なので役を掘り下げることが難しいのではないだろうか。


2007-06-24 00:42
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