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ジェーン・エア  日生劇場 [ミュージカル]



日生劇場で東宝制作ではなく、珍しくも松竹制作のミュージカルが上演された。あの「レ・ミゼラブル」の演出家であるジョン・ケアードが、脚本・作詞補・演出を担当した「ジェーン・エア」の3年ぶりの再演である。もっとも慣れないミュージカルの制作だったため、ターゲットが絞りきれなかったのかたった1ヶ月の興行だというのに集客には苦労したようで、イープラスでS席の半額程度のチケットが手に入ったので日生劇場へでかけてみた。そうした努力が実ったのか、客席はそこそこ埋まっていたけれど、リピーター割引なるチケットを終演後に売っていたので、アノ手コン手の販売努力は続けているようである。さらに日によっては終演後にトークショーなどもあったようである。

初演は高い評価を得たようだけれど、宣伝用のポスターでは世界の名作文学という重いイメージが先行しているので、ちょっとチケットを買うのがためらわれるような気がした。斬新な手法を使ったなかなかの傑作だったのだが、広報活動を含めて宣伝には失敗したようだ。チケットを買おうという観客に対するアプローチが甘かったようで、松たか子の人気だけでは劇場をいっぱいにできないという現実が露わになってしまった格好である。

観客が集まらない舞台が必ずしもつまらないとは限らない。音楽、演出、美術ともに高水準で最初から最後まで一瞬たりとも目が離せない高水準の舞台だったのは確かである。ミュージカルというと1曲終わる毎にお約束の拍手というイメージだが、本作では最初から科白と歌が入り交じり、舞台もどんどん進行していくので、なかなか拍手のタイミングがなく、ようやくアリア?風に高らかに歌いあげるナンバーでようやく拍手が起こるといった具合に進んでいった。芝居を止めなずに演技を連続させていく演出のせいもあって、ミュージカルでありながらダンスの要素はほとんどなく、台詞劇の中に歌がはさまるといった構成でストレート・プレイを観ているような気分に何度もなった。それに笑いの要素がほとんど存在しないし、ちょっと特殊な「愛」を扱っているだけに、なかなか感情移入の難しい物語で、ブロードウエイで長期ロングランができなかったり、トニー賞を逃したのも仕方がない。

劇場へ入るとオーケストラピットは舞台面まで嵩上げされていて、張り出し舞台は円形になっている。左右に客席から舞台に上がる階段がついていて、SP席という舞台上に作られた客席へ上がっていく観客と案内嬢を普通の観客は観ることになる。舞台の手前には上手と下手に奈落へ続く階段が設けられている。演技は主に円形舞台の中央で行われる。日生劇場にはグランドサークルという中2階の席があるが、それがそのまま舞台に伸びたような感じで、闘牛場の観覧席あるいは野球場の外野席といった風に、本舞台を斜め後方から見下ろす特別の客席が設けられている。平成中村座の桜席のようなもので、劇団四季の「エクウス」、「春のめざめ」を引き合いに出すまでもなく、舞台上へ観客席を設けるのは珍しくないのだが、この舞台の凄いところは、一般の観客の注意を中央のアクティングエリアに集中させて、SP席の観客の存在を全く意識させないところである。

舞台中央から後方にかけては、イギリスの田舎風景が広がっていて、上手奧には階段状の丘が広がり一本の大きな木が立っている。中央には池がある心で、そこがオーケストラピットになっているという意表をつく仕掛け。そこにかかる小さな橋を渡ると下手へ通じる通路があって、幕開きは下手の奧からジェーン・エアの松たか子が登場する印象的な場面となる。それはイギリスの自然と光を感じさせる卓越した照明の力に負うところが大きい。あのように清涼な空気を感じさせる照明は初めて見た。客席内には小鳥のさえずりが聞こえてきて、まさしく英国人が理想とする田舎が再現されていた。

芝居は、最小限の小道具と幼少期のジェーン・エアや成人したジェーン・エアを上手く組み合わせ、手際よく物語を進めていく。それが単なる説明に終わっていないのは、松たか子の見事な歌唱とジェーン・エアが乗り移ったかと思えるような演技で物語世界を支えていたからである。共演者では、橋本さとしが安定した歌唱と演技力で松たか子を支えたし、寿 ひずる、旺 なつき、阿知波悟美といったベテラン女優陣が舞台をよく締めていた。ダンスナンバーがなかったのは作品の性格上仕方がないが、この舞台で足りないのは、そうした華やかさであろうか。地味で救いようのない話なだけに、よけいにそうした味付けが欲しいような気がした。

強い意志をもった松たか子のジェーン・エアは芝居に歌に大忙しで、深く役柄を掘り下げることができなかったのか、出ずっぱりの大活躍にもかかわらず感情移入ができなくて客観的に眺めるだけだった。貴女の意志は強く、自分の運命を自らの手で切り開いていくので、悩みは苦しみとは無縁なように思えてしまった。もっと屈折した人間像が描ければ、より感動は深くなったと思う。作品でもうひとつだったのは、記憶に残るナンバーが少なかったことで、物語の重心がかけられていたようで、音楽の突出した目立ちすぎは、あえて避けたかのようである。

それでも深い感動にたどりつくことができたのは、ジョン・ケアードならではの、舞台でしか表現できない工夫が凝らされていたことと松たか子の存在である。安定感のある歌唱力、なかでも明瞭な言葉を発することでドラマを最後まで牽引した実力は見事というしかない。期待していなかった分だけ、感動も大きかったように思う。生真面目すぎるほど真面目な舞台だったことが、動員を妨げているとしたら、この舞台を選択しなかった観客の方が悪いと思う。少なくとも支払った金額以上の感動は手にすることができるのだから。

[キャスト]

ジェーン・エア:松たか子
ロチェスター:橋本さとし
.フェアファックス夫人:寿 ひずる
スキャチャード夫人/バーサ・メイソン/デント夫人:旺 なつき
リード夫人/レディ・イングラム:阿知波悟美
ジェーンの母/ローウッド学院教師/ソフィ:山崎直子
ブランチ・イングラム/ロードウッド学院教師/辛島小恵
ジェーンの父/イングラム卿/シンジュン・リバース:小西遼生
リチャード・メイスン:福井貴一
ブロクハースト氏/デント大佐/牧師:壤 晴彦
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ロバート:小西のりゆき
ローウッド学院教師/グレース・プール:鈴木智香子
ヘレン・バーンズ/メアリ・イングラム:さとう未知子
ローウッド学院教師/リア:安室 夏
ローウッド学院教師/ベッシー:谷口ゆうな
ローウッド学院教師/ロージー:山中紗希
エイブラハム:阿部よしつぐ
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幼いジェーン/アデール(トリプリキャスト):齊藤真尋
幼いジェーン/アデール(トリプリキャスト):蒲生彩華
アデール(トリプリキャスト):笹近実佑
幼いジェーン(トリプリキャスト):松田亜美
ジョン・リード/教会の侍者(ダブルキャスト):春口凌芽
ジョン・リード/教会の侍者(ダブルキャスト):吉井一肇

[スタッフ]

脚本・作詞補・演出:ジョン・ケアード
作詞・作曲:ポール・ゴードン
翻訳:吉田美枝
訳詞:松田直行
演出補:ネル・バラバン
音楽監督:ビリー山口
編曲:ブラッド・ハーク
ラリー・ホックマン
スティーブ・タイラー
美術:松井るみ
照明:中川隆一
衣裳:前田文子
音響:湯浅典幸
ヘアメイク:河村陽子
舞台監督:鈴木政憲
制作協力:古川 清
制作:真藤美一 高橋夏樹 吉田実加子

製作:松竹株式会社

第1幕 5:00~6:20

休憩 20

第2幕 6:40~8:00
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