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ラ・マンチャの男  初日 帝国劇場2012年8月3日 [ミュージカル]



このところの松本幸四郎は、相変わらずで歌舞伎とミュージカル&現代劇の二足の草鞋を履く状態が続いている。歌舞伎では70歳近くになって初役、特に黙阿弥など高麗屋の芸ではないものまで食指を伸ばしている。その一方で、ミュージカルや現代劇は、かつてのような新作へ挑戦するような姿勢はなく、もっぱら『ラ・マンチャの男』と『アマデウス』の再演に集中している。しかも自ら演出を担当するようになり、役者の視点に立って作品の理解を深める方向に向かっているようである。ただし、そうした歌舞伎役者にとっては回り道をしてきたことで、例えば人間国宝としての認定が弟の吉右衞門に先を越されるなど損をしている部分もあるように思う。

10月には七代目松本城幸四郎の追善で、従兄弟同士である團十郎と昼と夜で弁慶と富樫を交互に演じるというのが話題で、新しい歌舞伎座の座頭としての活躍も期待されているなかでのミュージカル最大の当り役である『ラ・マンチャの男』の待望の再演である。

ある時期、東宝のミュージカルの稼ぎ頭といえば森繁久彌の『屋根の上のヴァイオリン弾き』、幸四郎の『ラ・マンチャの男』、そして『マイ・フェア・レディ』に『サウンド・オブ・ミュージック』という時代があった。もしろん新作も上演されるが、単独のスターによる再演ものが幅をきかせていた時代だったのである。それが『レ・ミゼラブル』や『エリザベート』あたりから環境が変化し、必ずしも『ラ・マンチャの男』が興行的に価値のある作品でもないようである。

月末に自らが主催する舞踊会があるとはいえ、8月3日から25日の通常より短い公演期間と30回ほどの上演回数のみとは寂しい限りである。しかも全席売り切れではなく、初日でも空席が少なからずあったのが残念である。幸四郎もよほど客の入りが気になるのか、カーテンコールでは千秋楽までに再度の観劇を観客に呼びかけていた。入口でお土産やお弁当を配る様な団体の動員もしていたようだが、休憩時間がない2時間10分の舞台なのにお弁当を配る感覚って…。

客席に入ると舞台には牢獄の舞台装置が見えている。舞台中央奥の上方には牢獄の外に通じる通路があって、牢獄に降りる階段が空中に吊り下げられている。これは必要に応じて上下する仕掛けである。この芝居は、『ドン・キホーテ』の作者であるセルバンテスの宗教裁判まで、牢屋の囚人と『ドン・キホーテ』の物語を演じることによって、牢名主による裁判が行われるという多重構造である。それなのに、牢獄という舞台に変化がないとろが面白いところである。

オーケストラボックスの上にまで基本舞台が迫り出しているので、オーケストラは上手と下手の端に分かれて陣取っている。かつては、開幕と同時に指揮者が舞台中央に進み出て序曲の指揮をするという演出もあったのだが、幸四郎の演出になってからかなのか、舞台にギターを抱えた囚人が現れ、ギター1本で序曲を奏ではじめ、やがてオーケストラが加わるという印象的な始まり方である。

最も変化していたのはカーテンコールで、かつては『屋根の上のバイオリン弾き』の影響なのか、客席から劇場スタッフによって小さな花束が多数投げ込まれ、それを拾った出演者が客席に投げ返すという臭い演出がされていた。そうしなければ、かつてのミュージカルの観客は燃えなかったのかもしれない。さらに『見果てぬ夢』を幸四郎が英語で歌うパフォーマンスなどが追加されたこともあった。これでは、せっかくの感動も台無しになってしまうと、過剰なサービスには天使は反対だった。今回は、そうした演出はすべて排除されていた。しかし、それが作品を生かす本来の姿なのだと思う。観客は勝手にスタンディングオベーションをしてくれるし。

今回の上演は、すでに博多座で上演を重ねているだけあって練り上げられた名舞台なのは期待通りであった。もっとも心を動かされたのは、『ドルシネア』から『見果てぬ夢』が歌われる場面と、やはり『ドン・キホーテ』の臨終の場面であった。両方とも幸四郎と松たか子の芝居で泣かされた。

さらに幸四郎で感心したのは、多重構造を明確にするため歌舞伎の台詞回を駆使していることだった。劇中劇のドン・キホーテは歌舞伎の時代物の登場人物の台詞で話す。一方、牢屋の住人は歌舞伎の世話物の調子である。さらにセルバンテスを演じるときには、現代語を使用しての台詞になるなど、よく考えられていた。だからこそ、劇中劇の床屋に人気のお笑いタレントの決め台詞を喋らせる演出は、歌舞伎でもよくある手で違和感を感じなかったのも、歌舞伎同様に幸四郎の演じているセルバンテスとドン・キホーテをという枠組があったからでもある。

けっこうずくめのようだが問題もある。ミュージカルで私用するマイクが進歩したのか、PAを使用しても台詞や歌が極めて自然に聴こえてきた。たぶん声量がなくても、音程さえあっていれば、音量はいくらも調節できてしまうようである。しかしながら、観客を不安に陥れるような外れっぷりでハラハラさせてくれる歌手が少なからずいたのが残念だった。


上演時間 18:00-20:10

<スタッフ>
演出:松本幸四郎
脚本:デール・ワッサーマン 作詞:ジョオ・ダリオン 音楽:ミッチ・リー 
訳:森 岩雄、高田蓉子 訳詞:福井 崚   振付・演出:エディ・ロール(日本初演)
演出スーパーバイザー:宮崎紀夫 振付:森田守恒 装置:田中直樹 照明:吉井澄雄 
音響設計:本間 明 衣裳協力:宇野善子 音楽監督・歌唱指導:山口琇也 音楽監督・指揮:塩田明弘 歌唱指導:櫻井直樹
プロデューサー:齋藤安彦

<キャスト>
松本幸四郎(セルバンテス/ドン・キホーテ)
松たか子(アルドンサ)

駒田一(サンチョ)/松本紀保(アントニア)/石鍋多加史(神父)/荒井洸子(家政婦)/
祖父江進(床屋)/福井貴一(カラスコ)/上條恒彦(牢名主)

大塚雅夫/鈴木良一/萩原季里/塚本理佳/片岡身江/ICCOU/美濃 良/山本真裕/中尾和彦/土屋研二/
柴崎義則/藤田光之/小川善太郎
山本直輝/市川裕之/石丸隆義/高木裕和/村上幸央/羽山隆次/斉藤義洋/安倍幸太郎/原 佳宏/穴沢裕介/
松本錦一/仲由幸代


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コメント 2

しいさ

私は博多座でラ・マンチャの男を観劇しましたが、本当に素晴らしい舞台で感動しました。
ただ、今回のギター弾き役のICCOUさんという人は、あまり良くなかった気がして、ちょっと残念でしたね。ギターの腕はどうなのか分かりませんが、容姿的に舞台向けじゃないというか・・・。結構チョロチョロと舞台にも上がっているので、なんだか気が散りました。オーケストラとして姿見せずに弾いてた方が良かったのでは?! 過去にギター弾きを演じた寺前さんや水村さんの方が個人的に良かったなと思います。


by しいさ (2012-09-03 14:20) 

国松春紀

 5月10日博多座で、8月14日と21日帝劇で、観ました。松たか子のエネルギーに圧倒されました。松本幸四郎もよかったです。魂を揺さぶられる舞台でした。
 学生時代に原作を読んで以来の「ドン・キホーテ」ファンです。「ラ・マンチャの男」はずいぶん以前(10年以上前?)一度観て、今回が二度目です。DVDを出してほしいですね。
 ドン・キホーテとサンチョ・パンサの道行きは、そのまま1人の人間の人生の道行きである。ある時はドン・キホーテ的になり、ある時はサンチョ・パンサ的になる。理想に向かって猪突猛進する時もあれば、お腹がいっぱいになればあとのことは別にどうでもいいと思う時もある。損得を考えずに一つのことに打ち込む時もあれば、ありふれた日常それ自体に喜びを見出す時もある。あるべきものを追い求める
時もあれば,あるがままでよいと思う時もある。心の中の街道はずっと続いて行く。                 
by 国松春紀 (2012-10-08 01:40) 

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