SSブログ

熊谷陣屋 うかれ坊主 助六由縁江戸桜  新橋演舞場 五月花形歌舞伎・夜の部 [歌舞伎]

いよいよ新橋演舞場歌舞伎はじまる

 先月の歌舞伎座さよなら公演で、現代最高の『熊谷陣屋』を観たばかりなので、ほぼ全員が初役の舞台と比較するのは気の毒ではある。当然のように七之助の相模、松也の藤の方が二人だけの場面では、わが子を想うあまり戦場まで来てしまった母親という特異な存在が実感できず、観客の興味を惹きつけられなくて見事な落第点。普遍的な母性を描けなければ、この作品の成功は覚束ない。相模の首を抱いてのクドキも、教えられた通りの演じ方ではあっても、気持が伝わってこなくて、衣裳の中身はぬけがらのような演技だった。

 それに比べれば、染五郎の熊谷は吉右衛門の指導を受けた?からなのか、心配された線の細さも気にならない見事な熊谷を演じて及第点。高麗屋の後継者として、あるいは播磨屋の縁につならるものとしての矜持を保ったといったところだろうか。意外にも隈が似合った顔、登場時の織物の衣裳がきらびやかに見え、「制札の見得」での長袴が美しく翻ったのも染五郎ならではというところだろうか。鎧兜に身を固めて登場する場面は、誰が演じても、その下に着ている墨染めの衣や坊主頭が透けて見えるように感じるが、むしろ存在感の希薄さが幸いしたのか底が割れるように見えないのがよい。それは僧形になっても同じで、吉右衛門あたりが演じると立派すぎて哀れさが出にくいが、染五郎はそれまでの衣裳との対比が良く出ていてみすぼらしさが際立った。素足で草鞋を履く部分では、ぐんと身体が小さくなったように見えたのは不思議な経験だった。

 「物語」は相模にわが子を殺さなければならなかった顛末を聞かせるといった気持で演じているのがよく、「返させ給え、おーい、おーい」の迫力、「うしろの山より声高く」の「平山見得」も美しくきまって、染五郎の個性が生かされていたように思う。「制札の見得」、僧形になってからの「夢だ夢だ」も無難にこなしていた。

 海老蔵が義経に出て気品と美しさが群をぬく出来映え。弥陀六の歌六が、この顔ぶれでは別格の演技をみせた。幕開きでは、相模、藤の方、両人の入り込みと石屋の弥陀六の詮議などがあった事を百姓達が噂して、いつもの制札の台詞へ続くという演出。とっても親切のようでいて、よく考えると重要な秘密を百姓が知っているのはおかしいのだが…。

 『うかれ坊主』は、簡単なようでいて実は高等技術が求められる難易度の高い舞踊だという。ほとんど裸で踊られ、「チョボクレ」やら「まぜこぜ踊り」やら見せ場の連続で飽きさせない。長いキャリアの歌舞伎ファンには、二代目松緑、先代勘三郎、富十郎の好演が目に残っているはずだ。当代の松緑の若さで、この演目の面白さが表現できるのかと心配したが、身体がよく動いて意外の上出来。老練な役者の思わせぶりな振付と演技よりも、頭で考えるよりも先に身体が動くような若さが、実は大きな武器になる作品だったのかもしれない。相変わらず童顔風な顔が、むしろプラスに働いて愛嬌があり面白くみた。

 『助六由縁江戸桜』は、前月は口上のみへの登場だった海老蔵が待望の「水入り」までを演じる。もちろん不満もある。劇場が小振りになったので、金棒引の人数やら何やら少なくなっていたり、河東節の御簾の上げ下ろしが不慣れなのか、まごついてしまったり。そして何より、基本的な照明の設計が間違っているのか桜の吊り物の影が舞台前面に影を落としてしまって舞台面が落ち着かないことこの上ない。バレエでもあるまいに、上手と下手から照明を当てるからなのか人物の左右に影が何重にも出てしまって非常に気になる。歌舞伎の照明は、歌舞伎座が規範だっただけに最新の照明が備えられているはずの新橋演舞場が、素人同然の仕事では悲しい。一体照明プランナーは何をやっているのか。2階の照明バルコニーには花道を照らすスポットライトが設置されていたが、補う方法はいくらでもあるのではないだろうか。新しい歌舞伎座が、以前の歌舞伎座同様の水準を保てくれることを切に願いたい。

 何と言っても海老蔵の助六である。大人の色気をにじませるような落ち着いた團十郎のような助六もいいが、やはり江戸っ子、男伊達といった言葉が似合う助六であって欲しい。そして海老蔵自身は初役である「水入り」を興味深くみた。

 いつもの通り助六が花道を駆け入り、揚巻が舞台中央できまって幕が引かれる。しばし舞台転換になって、水に濡れては大変なので所作舞台がすべて撤去される。舞台中央より下手側に水が一杯にはられた天水桶が置かれる。その下には舞台と同型色のビニールシートが敷かれているようだった。

 助六が白装束に着替え花道を出て天水桶の後ろに身を潜める。三浦屋の入口から意休、朝顔仙平らが出てくろと助六が斬りかかる。意休も白装束に着替え立ち回りがはじまり、仙平の首が飛んで仕掛けでの燈籠の上に
着地?する。助六は意休に肩を斬られるが、油断をさせて意休を殺し友切丸を奪う。追っ手が迫って、天水桶に
桶をかぶって隠れる。ザーザーと水があふれる。

 廓の若い者が屋根にハシゴをかけてまで助六を探すがみつからない。桶から出た助六は気を失い、若い者に捕まりそうになる。揚巻は打ち掛けの裾に助六を隠し、自分にふれたら「五丁町は暗闇じゃぞよ」と啖呵をきる。一同はその希薄に負け、すごすごと立ち去る。揚巻は惜しげもなく自分の帯を水に浸し、助六に水を飲ませて屋根づたいに逃がそうとして幕になる。

 珍しいという意外には、意休が実は平家方の伊賀平内左衛門だったということが明かされることくらいしか内容がないのだが、大仕掛けで本水を使う演出が普通の現代では、むしろその単純さが新鮮で、初めてこの演出を目にした江戸時代の観客の熱狂を想像してみたりした。

 左團次が口上に登場。福助の揚巻は、玉三郎の華麗を極めた先月の舞台姿が目に残っているので、これまた比較するのは気の毒ではある。それでも大きな穴とならなかったのは、新橋演舞場の大きさが関係していたのかもしれない。本舞台へかかって正月飾りを模した衣裳を見せる場面では、玉三郎が早すぎて観客に満足に見せられなかったのと違い、見せるだけの間を心得ていた福助は偉いと思った。もっとも感心したのはその部分だけなのだが…。

 相模に続いて登場の七之助の白玉は、並びの傾城も経験がないからか、手探り状態だったか存在感が希薄だった。歌六の意休は水入りの場面があってこその配役だったと思うが、こちらも弥陀六と同様に初役だけに安定感が乏しいのは仕方がない。松緑のくわんぺら門兵衛は、先月の仁左衛門に比べると残念な出来なのだが
仁左衛門が上手すぎるのだから、これも仕方がない。亀三郎の福山かつぎは、若手でも台詞の上手い人だけに上出来だった。弟の亀寿の朝顔仙平は、奇妙な役柄を生真面目に演じているが好感。最近は激しい役を好んで演じている染五郎の白酒売は、柔らかみがあるのがよい。秀太郎の満江ともども花道を歩む姿には感心した。

 助六の海老蔵は、姿形がすっきりして良い男なのはいつもの通りだし、身体の動きもなめらかで色気があって揚巻との色模様が目に浮かぶようだった。台詞回しも、若いやんちゃな肉食系男子?をよく活写していて面白く観た。きっと年齢を重ねれば團十郎のような大人の芸に深化していくのだろうが、今しか観られない助六なのだと思うと貴重ではある。

 通人は猿弥で、先月の勘三郎とは違ったやり方で笑いを呼ぶ。助六を肉食男子、白酒売を草食男子に例えるのは作品の本質にせまるもので良い工夫であった。また自身の太った体躯をネタにして笑いを取るのも彼らしい。普通体型の通人が多いなか、個性的という面では一番だったかもしれない。

 歌舞伎座さよなら公演に対抗?あるいは継承しての企画となった新橋演舞場の花形歌舞伎で一応の成果を上げたことに安堵した。しかしながら客席が少ないにもかかわず、満員というわけでもなく、先月までの熱狂はなかった。また、低料金で歌舞伎を観る機会が減少してしまい、消防法で困難なのかもしれないが立見席などの便宜をかはらないと、3年間に失われる初めての観劇機会が多いのではないだろうか。今回は若手花形の出演だが、幹部俳優の出演によって新橋演舞場の歌舞伎がどのような変容をみせるのか注目していきたい。モダンにリニューアルしたロビーは、歌舞伎芝居にはふさわしいといえないのが心配の種ではある。多彩な売店が醸し出す浅草の仲見世の雰囲気そのまま客席に入ることができた歌舞伎座は希有な劇場だと今さらながら知ることになった。

夜の部

一、一谷嫩軍記
  熊谷陣屋(くまがいじんや)
            熊谷直実  染五郎
             源義経  海老蔵
              相模  七之助
             藤の方  松 也
          梶原平次景高  錦 吾
             堤軍次  亀三郎
           白毫弥陀六  歌 六
4:30-5:55
幕間   30分
二、うかれ坊主(うかれぼうず)
            願人坊主  松 緑
6:25-6:40
幕間   20分
三、歌舞伎十八番の内
  助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)
  三浦屋格子先より
  水入りまで

           花川戸助六  海老蔵
           三浦屋揚巻  福 助
          白酒売新兵衛  染五郎
        くわんぺら門兵衛  松 緑
           三浦屋白玉  七之助
           福山かつぎ  亀三郎
            朝顔仙平  亀 寿
          番頭新造白菊  歌 江
            通人里暁  猿 弥
           国侍利金太  市 蔵
            遣手お辰  右之助
           三浦屋女房  友右衛門
            髭の意休  歌 六
            曽我満江  秀太郎
              口上  左團次
7:00-9:15
タグ:歌舞伎劇評
nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:演劇

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。