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寺子屋 三人吉三巴白浪 藤娘 御名残四月大歌舞伎・第2部 歌舞伎座さよなら公演 [歌舞伎]

日本一の劇場で 
 
 第2部は15時に開演して、17時38分に終演なので30分の幕間を除くと実質2時間8分という短さ。それでいて入場料金は通常興行と変わらないので、なんだか損した気分ではある。全国各地から歌舞伎座さよなら公演をめがけたツアーがつめかけているようで、上演時間の短さは地方のツアー客にとっては大歓迎なのかもしれない。さらに人気作品なのに9名もの子役を使わなければならないので、地方に巡演するのは困難な演目で大都市の歌舞伎公演でなければ観られないので、ツアー客にも好都合なのだろう。

 さて、天使が初めて観た『寺子屋』は昭和54年1月のものである。松王丸が白鸚、千代が歌右衛門、源藏が仁左衛門、戸浪が芝翫、春藤玄蕃が八百蔵、園生の前が田之助という豪華版。今回は松王丸と源藏がそれぞれの子供が演じる形となった。勘三郎の戸浪は義父ということにはなる。天使が歌舞伎を観てから32年間に歌舞伎座だけでも25回も上演されている。それだけに今回の上演は最後を飾るに相応しい最高配役となるはずだった。

 ところが『熊谷陣屋』の充実した義太夫歌舞伎の舞台に比べ、いささか濃厚さに欠けてあっさりとした仕上がりとなってしまった。仁左衛門の源藏、玉三郎の千代には、戸の開け閉めにまで、細かな仕種や演技に緊迫感を盛り上げるような演技の積み重ねと工夫があって新鮮な発見がいくつもあって悪くない。しかし、幸四郎の松王丸はマイペースすぎて、そうした細かな工夫の積み重ねを破壊してしまう。

 台詞の朗誦術が、幸四郎の場合はオペラのアリアよろしく高らかに歌い上げてしまうのである。いくら座頭格とはいえ、芝居はやはりアンサンブルのはずである。自分だけ目立てばよい?といった態度はいただけない。声音の迷調子はご本人か熱烈なファンにしか受け入れ難いものであると思う。なかなか情がこもらずに、あるいは説明過多な顔の表情や声の強弱だけの底の浅いものとしか聞こえてこないので大いに不満に思った。

 そうすると様々な不満が頭をもたげてくる。玉三郎の千代は、どうしても子供を産んだことのある母親に見えない。あのスリムな8.5頭身の体型は、揚巻は似合っても強烈に母性を表現しなければならない千代には不向きだと思うのである。黒の衣裳に細い腰と表情に乏しい顔を観ていると、玉三郎は爬虫類のように思えた。果たして松王丸と千代の間に愛情があったのかどうか。二人ともそうした部分は無関心といった風情なのである。それに比べれば、仁左衛門の源藏も勘三郎の戸浪も、ずっと血の通った愛情で結ばれた夫婦という風に見えたのが好ましかった。

 春藤玄蕃の彦三郎は、口跡はともかく手強さがもっと必要だと思ったし、菅秀才の金太郎には舞台へ立つ心構えを言って聞かせねばならないだろう。初日はとても不安定な出来で心配されたが、6にはなんとか無事に演じていた。園生の前の時蔵には、こうした役が似合うのだが、本当なら千代なり、戸浪なりで実力を発揮して欲しい人なのである。

 いささか期待外れだった『寺子屋』に比べ、充実をみせたのが『三人吉三巴白浪』である。お嬢吉三の菊五郎、お坊吉三の吉右衛門、和尚吉三の團十郎と役者も揃い、夜鷹おとせの梅枝、菊十郎、松太郎といったベテランも悪くない。練り上げられた舞台で、女装の悪党といった倒錯した役柄の壁も軽々と越えてみせて安定感のあった菊五郎が素晴らしい。それに対する吉右衛門の和尚も退廃的な色気があってゾクッとさせられる感覚があって良い。その二人に一歩も引かぬ貫禄をみせて團十郎も見事だった。

 今月唯一の黙阿弥もので台詞の名調子は期待通りのものだった。気がつけば今月は世話物が少なく、幕が閉まった後の舞台転換はともかく、回り舞台を使う芝居がないことに気がついた。もう歌舞伎座の回り舞台が回るのは観られないのだなあと思うと悲しくなった。それと同じく、こんな顔揃いの三人吉三も最後なのかと思うと
こみあげてくるものを押さえることができなかった。

大顔合わせの中にあって一人で踊られる『藤娘』を名前に藤をいただく藤十郎が踊る。78歳であるのに歳をとるのを忘れてしまったのか驚異的な若さを見せる。可憐で色気があって、まさしく円熟の芸を披露してくれて満足した。短い体躯に大きな顔、典型的な役者なのだが、かつてこの人が一大ブームを巻き起こした美貌を誇る女方だったこと。ある時期は役らしい役がつかない時期もあったこと。近松座の旗揚げ、いささか政治力を発揮したような感のある藤十郎の襲名と文化勲章の受章。さまざまな事が思い出された。

 踊りに没頭しているように見えて、観客と同じく冷静で別のことを考えているような風もあって白く観た。藤の枝を抱えて決まる幕切れも、他の誰よりも可愛らしく愛らしく思えた。そして長唄、三味線、鳴物、絵巻物を見るような横長の舞台を生かした舞台美術、歌舞伎座は日本一の劇場なのだと改めて思う。その舞台に上るものは全てが本物。最高のものなのだと思い知った。このままでは残らない歌舞伎座が、かえすがえすも残念である。
  
   菅原伝授手習鑑
一、寺子屋(てらこや)
             松王丸  幸四郎
              千代  玉三郎
              戸浪  勘三郎
          涎くり与太郎  高麗蔵
             菅秀才  金太郎
            百姓吾作  錦 吾
            園生の前  時 蔵
            春藤玄蕃  彦三郎
            武部源蔵  仁左衛門
上演時間 3:00-4:19
二、三人吉三巴白浪(さんにんきちさともえのしらなみ)
  大川端庚申塚の場

            お嬢吉三  菊五郎
            和尚吉三  團十郎
           夜鷹おとせ  梅 枝
            お坊吉三  吉右衛門
上演時間 4:34-5:02
三、藤娘(ふじむすめ)
             藤の精  藤十郎
上演時間 5:17-5:38
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